マンガで読める『夢酔独言』

マンガで読める『夢酔独言』

勝海舟の父親・勝小吉の自伝『夢酔独言』がマンガで読めるブログです。

勝小吉著・『夢酔独言』とは 冒頭文現代語訳

 勝海舟の父親・勝小吉および彼の自伝『夢酔独言』を後世に残すべく延々とマンガ化している当ブログですが、改めまして、『夢酔独言』入門として、原作『夢酔独言』と作者・勝小吉について冒頭文と現代語訳(意訳)を載せました。これから『夢酔独言』を読もうという方のお役に立ちましたら幸いです。

 

 

 

 

 

 

・『夢酔独言』とは

 

 勝海舟の父親・勝小吉が晩年綴った自伝。反省・教訓を交えつつ、自身の半生を記録している。文体は、全編口語体と文語体を混ぜた喋り言葉で構成されている。なお、小吉は21歳まで文盲だった。

 タイトルの『夢酔独言』は小吉の隠居後の名「夢酔」から取っている。原題は『鶯谷庵独言』。鶯谷庵という住まいで書いたため。書かれたのは、天保十四年(西暦1843)。

 

・勝小吉とは

 

  1802~1850。本名、勝左衛門太郎惟寅。「小吉」は通称。

 江戸生れの武士。男谷平蔵の三男で、妾の子。7歳の時、勝家に養子入りする。妻の信は勝家の娘で、2歳年下。

 5歳の時、近所の子供とのケンカで相手を流血させ、自分も怒った父親に下駄で殴られ、頭が陥没する。

 14歳の時、箱根まで家出して死にかける。具体的には、盗人に身ぐるみをはがされ、病気になり、崖から落ちて金玉を打った。

 21歳の時、長男・麟太郎を授かるが、妻の妊娠中二度目の家出しており、連れ戻されて座敷牢に入れられていた。息子が3歳の時、隠居して家督を譲ろうとしたが、父親に怒られて止めた。

 その他、馬鹿馬鹿しいエピソードには事欠かない。

 42歳の時、自伝『夢酔独言』を書く。1850年9月4日、49歳で死去。

 

 

 
・『夢酔独言』の内容と構成

 文庫本にして、約120ページ程度。冒頭数ページと最後の結びは教訓・反省文で、他は勝小吉の出生から順を追って、42歳で『夢酔独言』を書くまでの半生が綴られている。名目は「悪い手本」だが、本人の性格がにじみ出て、終始、武勇伝および自慢話になっいる。

 約20%がケンカ、10%が剣術関係、40%が人の世話、5%が吉原、10%が14歳の時の家出、残り5%が息子(後の勝海舟で構成されている。

 本人が一生無役だったため、武士の仕事の話は一切なし。江戸の町でヤンチャをしまくった末、世話焼きおじさんになったフリーターの回顧録

 

 

 

・冒頭文について注意

 

 『夢酔独言』本文は小吉の武勇伝として面白く読めるのですが、いかんせん、冒頭の数ページは、小吉の「よーし、今からお説教を書いてやるぜ!」という意気込みのせいで、文章が硬くて読みづらいです。

 なので、初めて『夢酔独言』を読まれる場合は、冒頭を飛ばして、「おれほどの馬鹿な者は世の中にもあんまり有るまいとおもふ。」から始まる、小吉が生まれてからのエピソードから読むことをおすすめします(平凡社 東洋文庫138 勝部真長編『夢酔独言 他』11ページ~)。

 しかしそれでは、小吉がせっかく書いた冒頭文が報われません。

 ここに原作冒頭文の引用と、はやおきによる意訳を載せておきます。

 

 参考文献:平凡社 東洋文庫138 勝部真長編『夢酔独言 他』5~10ページ

 

 

 

・『夢酔独言』冒頭

 

 

   鶯谷庵独言

 

 おれがこの一両年、始めて外出を止められたが、毎日々々諸々の著述・物の本・軍談、また御当家の事実、いろいろと見たが、昔より皆々名大将、勇猛の諸士に至るまで、事ゞに天理を知らず、諸士を扱ふ又は世を治むるの術、乱世・治世によらずして、或は強勇にし、或は法悪しく、或は奢り、女色におぼれし人々、一事は功を立つるといへども久しからずして天下国家をうしなゐ、又は知勇の士も、聖人の大法にそむく輩は、始終の功を立てずして、その身の亡びしためしをあげてかぞえがたし。

 和漢とも皆々天理にてらして、君臣の礼もなく、父兄の愛もなくして、どんよくきょうしや故に、全き身命を亡ぼし、家国もうしのふ事、みなゝゝ天の罪を受くる故と、はじめてさとり、おれが身を是までつゝがなくたもちしはふしぎだとおもふと、いよゝゝ天の照覧をおそれかしこみて、なかゝゝひとの中へも顔出しがはづかしくて、できずとおもふは。

 さりながら昔年、募悪の中よりして、多くの人を金銀をもおしまず世話をしてやり、又人人の大事の場合も助けてやつたから、それ故にすこしは天の恵があつた故、此よふに先あんのんにしているだろふとおもふ。

 息子がしつまい故に、益友をともとして、悪友につき合ず、武芸に遊んでいて、おれには孝心にしてくれて、よく兄弟をも憐、けんそにして物を遣ず、麁服をも恥じず、粗食し、おれがこまらぬよふにしてくれ、娘が家内中の世話をしてくれて、なにもおれ夫婦が少しも苦労のなゐよふにするから、今は誠の楽いん居になつた。

 おれのよふの子供ができたらば、なかなか此楽は出来まいとおもふ。是もふしぎだ。神仏には捨てられぬ身とおもふ。孫や其子はよくゝゝ義邦の通りにして、子々孫々のさかえるよふにこゝろがけるがいゝぜ。

  年八、九歳からは、外の事をすてゝ、学文して、武術に昼夜身を送り、諸々の著述本を見るべし。へたの学問よりはるか増しだから。女子は十歳にもなつたらば、髪月代を仕習つて、おのれが髪もひと手にかゝらぬよふにして、縫はりし、十三歳くらいよりは、我が身をひとの厄介にならぬよふもて、手習ひなどもして、人並に書くことをすべし。外へ嫁しても、事をかゝず一家を納むべし。おれが娘は十四歳のときから、手前の身の事は人の厄介になつたことはなゐ。家内じうのものが返て世話になる。

 男子は五体をつよくして、そじきをして、武芸骨をおり、一芸は諸人にぬきん出、ていをたくましくして、旦那の為には極忠をつくし、親の為には孝道を専らにして、妻子にはじあいし、下人には仁慈をかけて使ゐ、勤をば固くして、友達には信義をもつて交り、専らにけんやくしておごらず、そふくし、益友には厚くしたゐて道を聞き、師匠をとるなら、業はすこし次にしても、道に明らかにして俊ぼくの仁をゑらみて入門すべし。

 無益の友は交るべからず。多言をいふ事なかれ。目上の仁は尊敬すべし。万事内輪にして慎み、祖先をまつりてけがすべからず。勤は半時はやく出づべし。文武をもつて農事とおもふべし。少しも若いときはひまなきよふ道々を学ぶべし。ひま有時は外魔が入りて身をくずす中だち也。遊芸には寄る事なかれ。年寄は心して少しはすべし。過ればおのれのよふになる。庭へは諸木を植ゑず、畑をこしらい、農事をもすべし。百姓の情を知る。世間の人情に通達して、心におさめて外へ出さず守るべし。人に芸の教授せば、弟子を愛して誠を尽し、気に叶はぬものには猶々丹精を尽すべし。ゑこの心を出す事なかれ。万事に厚く心を用ひする時は、天理にかなゐて、おのれが子孫に幸あらん。何事も勤めとさらば、うき事はなかるまじ。

 第一に利欲はたつべし。夢にも見る事なかれ。おれは多欲だから今の姿になつた。是が手本だ。高相応に物をたくわいて、もし友達か親類に不慮の事があつたならば、おしまずほどこしやるべし。縁者はおのれより上のひとゝ縁組べからず。成丈ひん窮より相談すべし。おのれに勝るとおごりがつく。家来はびんぼう人の子をつかうべし。年季たちたらば分げんの格にして片付てやるべし。女色にはふけるべからず。女には気を付くべし。油断すると家を破る。世間に義理をばかくべからず。友達をば陰にて取りなすべし。常住座臥とも柔和にして、家事をおさめ、主人の威光をおとすことなし。聖賢の道に志して、万慎みて守るときは、一生安穏にして、身をあやまつことはなかるまじ。

 おれはこれからはこの道を守る心だ。なんにしろ学問を専要にして、能々上代のおしへにかのふよふにするがいゝ。随分、して出来ぬことはなゐものだ。それになれるとしまへにはらくに出来る物だ。けつして理外の道へいることなかれ。身を立て、名をあげて、家をおこす事がかんじんだ。たとへばおれを見ろよ。理外にはしりて、人外のことばかりしたから、祖先より代々勤めつゞいた家だが、おれひとり勤めなゐから、家にきづを付た。是がなによりの手本だは。今となり、醒めていくら後悔をしたからとて、しかたがなゐ。世間の者には悪輩のよふにいわれて、持つていた金や道具は貸し取りにあいて、夫をとりにやれば、隠居が悪法でこしらいた道具だからなに返すに及ばずといふし、金も又その心持で先がいるから、ろくに挨拶もせずによこさぬは。悟れば向ふが尤とおもふよい。かよふの事が出ても、人をばうらむものではない。みんなこつちのわるいとおもふ心がかんじんだ。怨敵には恩をもつてこたへば、間違はない。おれは此度も頭よりおしこめられてから、取扱のもの共をうらんだが、よくゝゝ考へて見たらば、みんなおれが身より火事を出したと気がつゐたから、まいばんゝゝゝゝ罪ほろぼしには法華経をよんで、陰ながらおれにつらく当たつたと、おれが心得違した仁々へは、立身するよふに祈つてやるから、そのせいかこのごろはおれの体も丈夫になつて、家内のうちになにもさいなんもなく、親子兄弟とも一言のいさかひもなく、毎日毎日笑つてくらすは、誠に奇妙のものだとおもふから、子々孫々とも、こふしたらよかろふと気がつゐた故に、ひまにあかして、折々書付た、善悪のむくゐをよくゝゝ味おうべし。

 恐多くも東照宮の御幼少の御事、数年の御難戦故に、かくの如くに泰平つゞき、万事きかつにうれゐわすれ、妻子をあん楽にすごし、且は先祖の勤苦おもいやるべし。夫より子孫はふところ手をして、先祖の貰つた高を取うけて、昔を忘れて、美服をき、美味をくらいうし、ろくの御奉公をも勤めざるは、不忠不義不孝ならずや。こゝを能おもつて見ろ。今のつとめは畳の上の仕事だから、少しもきづかいがないは。万一すべつてころぶくらいの事だ。せめては朝は早く起きて其身の勤にかゝり、夜は心を安くして寝て、淡白のものを食し、おごりをはぶいて諸道に心をつくし、不断の着類は破らざれば是として、勤の服はあかのつかざれば是とし、家居は雨もらざればよしとし、畳きれざれば是として、専らに倹素にして、よく舵をおさめ、勤めつき合には身分に応じて事をすべし。なんぼけんやくをすればとて、吝嗇はすべからず。倹、吝の二字を味おふてすべし。数巻の書物をよんでも、心得が違ふと、野郎の本箱字引になるから、こゝは間違はぬよふにすべし。武芸もそふだ。ぶこつの業を学と、支体かたまりて、野郎の刀掛になる故、其心すべし。

 人間になるにも其通りだ。どんよく迷ふと、うはべは人間で、心は犬猫どふよふになる。真人間になるよふに心懸るが専一だ。文武諸芸みなゝゝ学ぶに心用いらざれば、不残このかたわとなる。かたわとなるならば学ばぬがましだ。よくゝゝこの心を間違はぬよふに守が肝要だ。

 子々孫々ともかたくおれがいふことを用ゆべし。先にもいふ通り、おれは今までも、なんにも文字のむづかしい事はよめぬから、こゝにかくにもかなのちがひも多くあるから、よくよく考えてよむべし。

 

 天保十四寅年の初冬、於鶯谷庵かきつゞりぬ

   

   左衛門太郎入道 夢酔老

 

 

 

 ・冒頭文意訳

 

 

 おれがこの一、二年、初めて他行留(=外出禁止の罰)を食らってから、もろもろの著述本から、軍談、徳川御当家についての記録まで、毎日いろいろな本を読んだ。

 昔から、名大将、勇猛の士に至るまで、人や世を治めるにつけ、道理を知らない。あるいは強引に、あるいは悪法を使い、あるいは奢り、女色に溺れた人々は、一時は功を立てたとしても、いつか天下国家を失う。これは乱世・治世にかかわらぬ。また、知勇の士も、聖人の大法にそむく輩は、決して功を立てられず、その身を滅ぼすものだ。

 日本だろうが清国だろうが、君臣(君主と臣下)の礼もなく、父兄の愛もなくして、貪欲驕奢(おごりたかぶる)故に、身命家国も失うのは、天の罰を受けた故だ。

 おれはこれのことを初めて知った。それを思うと、このおれの身がこれまでつつがなく保てたのも不思議だよ。おれの悪行をお天道様が見ていたと思うと、なかなか人の中へ顔を出すのも恥ずかしくって、できねえと思うわ。

  とはいえ、かつて誘惑の多いなかで、多くの人を金銀も惜しまず世話をしてやり、また大事の時も助けてやった。それで少しは天の恵みがあった故、このようにひとまず安穏にしているんだろうぜ。

 息子は真っ当なものだ。良い友達を持ち、武芸に遊んでいて、兄弟の面倒も見、倹素にして物を使わず、粗末な服でも恥じず、粗食をし、おれがには孝行して、困らぬようにしてくれる。

 娘が家中の世話をしてくれて、おれ夫婦が少しも苦労のないようにするから、今は誠の楽隠居になった。

 おれのような子供が出来たらば、なかなかこの楽はできまいと思う。これも不思議だ。神仏には捨てられぬ身とさえ思う。孫やその子はよくよく義邦(息子・麟太郎のこと)の通りにして、子々孫々の栄えるよう、心掛けるがいいぜ。

 八、九歳からは、他のことは捨てて、学問して、武術に昼夜身を送り、いろいろの著述本を見るべし。読書は、下手な学問よりはるかマシだ。

 女子は十歳にもなったらば、髪月代の仕方を習って、自分の髪も結えるようにして、縫い針し、十三歳にもなったらば、我が身を人の厄介にはならぬつもりで、手習いなどもして、人並みに字を書くことをすべし。外へ嫁いでも、事欠かず一家を治めること。おれの娘は十四の時から、自分の身のことは人の厄介になったことはない。家族がかえって世話になる。

 男子は五体を強くして、粗食をして、武芸に骨を折り一芸は人より抜きん出、旦那(将軍)のためには忠義を尽くし、親のためには孝行、妻子には慈愛、下人には仁慈をかけて使い、勤めは固く、友達には信義を持って交わり、倹約しておごらず、粗服し、益友にはあつく慕って道を聞くべし。師匠を取るなら、技は少しまずくっても、道理を心得た俊朴な人を選んで入門すべし。

 無益の友と交わるべからず。何でも心におさめて、多言を言うことなかれ。

 目上の人は尊敬すべし。先祖を祭りて汚すべからず。

 勤めには半時(約一時間)早く出るべし。

 文武を勤めと思え。

 若い時は、少しも暇のないよう道々(道理、学問、武芸他)を学ぶべし。暇あるときは誘惑が入って身をくずす。遊芸には寄ることなかれ。年寄りは気を付けて少しはすべし。やり過ぎるとおれみたいになる。

 庭には木など植えず、畑をこしらい、農事をすべし。百姓の情がわかる。

 世間の人情をよく知り、しかし心におさめて外へは出さず守るべし。

 人に芸を教える時は、弟子を愛して誠を尽くせ。思うようにいかぬ者には、いっそう真心を尽くすこと。えこひいきをしてはならない。

 何事も、あつく心を用いれば、天の道理に叶い、子孫の幸いとなるだろう。それを勤めと思えば、心配することはない。

 第一に利欲は断つべし。夢にも見ることなかれ。おれは多欲だから今の姿になった。これが手本だ。

 高(収入)相応に物を蓄えて、もし友達か親類に不慮の事があったらば、惜しまず施してやるべし。

 縁組は自分より上の人を選ぶべからず。なるたけ貧窮の家と相談すべし。こちらより勝っていると驕りがつく。家来は貧乏人の子を使うべし。長く勤めてくれた者は、それなりの格にして片付けて(処遇して)やるべし。

 女色にはふけるべからず。女には気を付けるべし。油断すると家を破る(家計が破綻する、あるいは家庭崩壊)。

 世間に義理を欠くべからず。

 友達を陰で取りなすべし。

 いつも柔和に、家事(家のいろいろなこと)をおさめ、主人の威光を落とすことのないように。

 聖人、賢人の道を志し、それを守るならば、一生安穏にして、間違いを犯すことはない。

  おれはこれからはこの道を守るつもりだ。何にしろ学問を最優先にして、よくよく昔からの教えにかなうようにするがいい。ずいぶん、して出来ぬことはないものだ。慣れると、しまいには楽に出来るようになる。

 決して理外の道へ入ることなかれ。身を立て、名を上げて、家をおこすことが肝心だ。

 例えばおれを見ろよ。理外に走りて、法外なことばかりしたから、祖先より代々勤め続いた家だが、おれが一人勤めないから、家に傷をつけた。これが何よりの手本だわ。今になって、醒めていくら後悔したとて、仕方がない。世間の者には悪輩(悪者)のように言われて、持っていた金や道具は質屋に取られて、それを取りにやれば、「隠居(小吉のこと)があくどい手段でこしらえた道具だから返すことはない」と言われるし、金を貸してやったやつらもそのつもりだから、ろくに挨拶せず、返しもしねえ。

 だが、向うがもっともだと思うがいい。そのようなことがあっても、人を恨むものではない。みんなこっちが悪いと思う心が肝心だ。恨めしく思う相手には、恩情をもって応えれば、間違いはない。おれはこの度も頭(かしら)よりおしこめられてから、取扱(とりあつかい=上官)の者どもを恨んだが、よくよく考えたら、みんなおれが身より出した火事だと気が付いた。

 それからは、毎晩罪滅ぼしには法華経を読んで、おれにつらく当たったとおれが心得違いした人々に、陰ながら祈ってやっている。

 そのせいか、この頃はおれの身体も丈夫になって、家族に何のいさかいもなく、毎日毎日、笑って暮らしているよ。誠に奇妙のものだが、子々孫々とも、こうしたらよかろうと気が付いた。

 おれが折々書きつけた、善悪の報いをよくよく味わうべし。

 恐れ多くも東照宮様(徳川家康)のご幼少の頃の苦労、長年にわたっての戦があって、今のような泰平の世が続いているのだ。飢渇(きかつ=飢えや渇き)に憂うことを忘れ、妻子とも安楽に過ごしているだろう。先祖の苦労を思いやるがいい。それを子孫は懐手(ふところで=懐に手を入れる→他人に任せて自分では何もしないこと)をして、先祖が得た報酬を譲り受けて、昔を忘れて、美服を着、旨い物を食い、それでいてろくにご奉公も勤めないのは、不忠、不義、不孝というものだ。ここをよく考えろ。

 今の勤めは畳の上の仕事だから、少しも心配することはねえ。まんいち、滑って転ぶぐらいのことだ。

  せめては朝は早く起きておのれの勤めにかかり、夜は心静かに眠り、淡白なものを食し、驕りを省いていろいろな道に精進しやれ。

 普段の着物は破れなければよし、勤めの服は垢が付かなければよし、家は雨漏りがなければよし、畳は擦り切れなければよしだ。もっぱら倹素にして、よく家のことを治め、勤め・付き合いは身分に応じてするがいい。

 いくら倹約するといったって、吝嗇(りんしょく=ケチ)はいけねえよ。倹約とけちを間違えねえように。

 たくさんの本を読んだって、心得が違うと野郎の本箱字引(知識ばかりで役に立たない)になるから、そこを間違わぬようにすべし。武芸もそうだ。無骨(ぶこつ=役に立たない)の技を学ぶと、肢体が固まって、野郎の刀掛け(武道において、役に立たないこと)になる。

 人間についても、その通りだ。貪欲迷うと、うわべは人間でも、心は犬猫同様になる。真人間になるように心掛けるが専一だ。文武諸芸とも、学ぶのに心を欠けば、残らず中途半端になる。それなら学ばぬがましだ。よくよくこの心を間違わぬよう、守るべし。

 子々孫々とも、固くおれが言うことを用いるべし。前に書いたとおり、おれは今だって、難しい字は何にも読めぬ。ここに書くにも、仮名の違いも多くあるだろう。よくよく考えて読むんだぜ。

 

 天保十四年の初冬、鶯谷庵にて書き綴る。

 

   左衛門太郎こと、夢酔。

 

 

 

・補足

 

 

 この一連のくだりは、マンガ『夢酔独言』百三十二話にまとめてあるので、よければご覧ください。

musuidokugen.hatenablog.com

 

 原作『夢酔独言』を読むにあたって、読みにくい字、分かりにくい用語、お金の円換算などは、こちらにまとめてあります。

musuidokugen.hatenablog.com

 

 

 

f:id:hayaoki6:20190404134512j:image