『夢酔独言』 五十六話 恩を怨で返すのが世間のならい
今まで兄の家の庭に家を建てて住んでいた小吉ですが、24歳の年、割下水に引っ越し(元の家を移築)ます。しばらくの間、天野左京という人の家の二階を借りて暮らす小吉。そこでも揉め事の世話をしますが、人の世話はしても自分の家ではお姑さんとうまくいかない日々…。
そんな小吉に、ある老人が、金言をさずけます。
冒頭のくだりはフィクションです。小吉も檻から出たら、意外とすぐ父親として、家長として勝の家に納まったかもしれません。
そして、謎の老人の登場。
或老人がおしへて呉たが、「世の中は恩を怨(うらみ)で返すが世間人のならいだが、おまへは是から怨を恩で返して見ろ」といつたから、其通りにしたら、…
江戸時代で、すでに「恩を怨で返すが世間人のならい」になっているのが、なんとも…。
この老人はこれきり出てこないのですが、小吉は何を思ったか、この老人の教えを実行します。そうするうちに、人間関係が良好になったので、喜んでますます人助けに励むのでした。
これは単純なエピソードです。けれども、険悪だった人たちに対して自ら「恩を返す」ように接し、よい結果が出るまで続け、うまくいったからますます人助けをする、というのは、なかなかできることではありません。
同じ時期、小吉は刀剣道具の売買を始め、はじめのうちは損もしていましたが、だんだんと収入を得られるようになってきました。
そうして良い方に転がり始めたと思っていた矢先、お父さんが脳卒中で危篤。
五十六話へ続きます。