勝小吉自伝『夢酔独言』より、小吉14歳、一度目の家出エピソードその4です。
前回、炊いた飯を求めて伊勢をさまよった小吉ですが、今回は、御師(おんし)の家でタダ飯を食らいます。
伊勢の相生の坂にて、同じ乞食に心易くなり、そいつが言うには、
「龍太夫という御師の所へ行って、『江戸品川宿の青物屋大坂屋の内より抜け参りに来たが、かくのしだい故、泊めてくれろ』と言うがいい。そうすると向うで帳面を繰りて泊めてくれる」
と教えてくれた故、…
※はやおきによる現代仮名遣いで引用
伊勢で、物乞い(おそらく伊勢参り)の男と知り合った小吉。龍太夫という御師の家に泊めてもらえる魔法の呪文を教えてもらいます。
「江戸品川宿の青物屋大坂屋の内より抜け参りに来たが、かくのしだい故、泊めてくれろ」
訳:江戸の品川宿(宿場町を指す)にある、大坂屋という八百屋から抜け参ったが、こういうわけだから、泊めてください
『夢酔独言』の龍太夫のくだりでは、説明が全然ないので、魔法の呪文を唱えたら何故かもてなしてくれる謎の家へ行ったというお話なのですが、読み解いてみると、当時の伊勢参りのシステムが凝縮されたエピソードとなっています。
まず、伊勢参りと言えば、当時の超メジャーなレジャーということ。
『夢酔独言』でも『平子龍先生遺事』でも、「あの憧れの伊勢参りをすることになった。ヤッホー!」などと一言も書いてないので、忘れそうになりますが…。
当時、日本全国のいたるところで伊勢講という、伊勢信者の集団が組織されていました(「講(こう)」は同じ信仰対象を持つ信者の組織です。『夢酔独言』では、後に何度も登場します)。
伊勢神宮に参詣するのは、全国の伊勢講の本望でした。
御師は、全国を巡って檀家(講に所属する家)へお払いの札を配ったり、伊勢では参詣に来た檀家の人々の宿泊や食事の世話をしました。
下級神官の権禰宜(ごんのねぎ)で、官位が五位であることから、「太夫」と名乗りました。『夢酔独言』に登場する「龍太夫」も、この伊勢御師のひとつです。
小吉は魔法の呪文の中で、「抜け参り」という言葉を使っていますが…。
抜け参りとは、講に所属しない奉公人や、親の許しが得られない若者などが、届け出をせずに伊勢参りをすること。
14歳の小吉がなりすますのに、都合のいい存在です。
つまり小吉は、伊勢講に所属していた品川宿の青物屋の奉公人あるいは息子を装って、御師の家に泊めてくれと言ったわけです。
…龍太夫の家へ行って、中の口(玄関と台所口の間にある出入り口)にてその通り言ったら、袴を着たやつが出て帳面を持って来てくり返しくり返し見おって、
「奥へ通れ」
と言うから、こわごわ通ったら、六畳ばかりの座敷へおれを入れて、少し経ってその男が来て、
「湯へ入れ」
と言うから、久し振りで風呂へ入った。上がると、
「粗末だがお膳を食え」
とて、いろいろ旨い物を出したが、これも久しく食わないから腹いっぱいやらかした。少し過ぎて、龍太夫が狩衣にて来おって、
「ようこそ参詣なされた」
とて、
「明日はお札をあげましょう」
と言う故、おれはただ、
「はいはい」
と言ってお辞儀ばかりしていた。それから夜具蚊帳など出して、
「お休みなされ」
と言うから、寝たが、心持がよかった。
他の御師の家に泊まった人の記録も残っているのですが、もてなしがゴージャス過ぎてビビるというのが、定番の感想のようです。
ここまで、比較的大人しくもてなされていた小吉でしたが…。
翌日はまたまた馳走をしてお札をくれた。
そこでおれが思うには、とてものことに金も借りてやろうと、世話人へそのことを言ったが、先の取次をした男が出てきて、
「ご用でござりますか」
と言うから、道中にて護摩の灰(※十二話参照。小吉は持ち物を全部盗まれた)のことを言い出して、
「路銀を二両ばかり貸してくれるよう頼む」
と言ったら、龍太夫へ申し聞かすとて引っ込んだ。少し間があって、おれに言うには、
「太夫方も御覧の通り、大勢様のご逗留故、なかなか手が回りませぬ故、あまりに軽少だが、これをお持ちくだされますよう」
とて一貫文くれた故、それをもらって早々逃げ出した。
なんと二両(約192000円)要求する小吉。タダ飯&タダ風呂&タダ一泊しといて、厚かましいにもほどがあります。
さすがに断られます(龍太夫側も、余裕があったらくれそうな感じがあって怖い)が、代わりに一貫文をもらいます。一貫文は紐に通した銭のことで、枚数は特に決まってないようですが、漫画では百文(約2500円)、四文銭25枚のつもりで描きましたが…何か枚数多いような…。
一貫文をもらって逃げ出す小吉。檀家でないことがバレたら大変なので、しょうがないってことにしましょう。
それから方々へ参ったが、銭はあるし、旨い物を食い通しだから、元の木阿弥になった。
ちょっとずつ使えyo…。
計画性無さ過ぎです。計画性があったら、家出なんかしなさそうですが…のちのち、すごい額の借金しそう(伏線)。
※今回の解説には、「季刊大林No.43 御師ONSHI」を参照しました。
十六話「侍の馬乗り(仮)」に続きます。
伊勢から府中まで戻った小吉ですが、侍の馬の稽古にでくわします。許しを得て稽古の見学をする小吉でしたが、大人しく見ているわけがありません。
お楽しみに!