勝海舟の父親・勝小吉の自伝『夢酔独言』の十話目、小吉が12歳の時の話です。
信州に出張していた兄・彦四郎が帰って来ました。小吉が読み書きもできないことに衝撃を受け、当時最高峰の教育機関であった湯島聖堂へ、小吉を通わせることにした彦四郎。しかし、小吉が真面目に塾へ行くはずもありません。
冒頭に出てくる小吉のお兄ちゃんは、男谷彦四郎さん。小吉より25歳年上で、十話現在で37歳です。原作では口やかましい兄として描かれ、登場するたび小吉に困らされています。
十二の年、兄が世話をして学問を始めたが、林大学頭の所へ連れ行きやつたが、それより聖堂の寄宿部屋保木巳之吉と佐野郡左衛門という肝煎(きもいり)の処へ行って、大学を教えてもらったが、学問はきらい故、毎日毎日さくらの馬場へ垣根をくぐりていつて、馬ばかり乗っていた。『大学』五、六枚も覚えしや。
※『夢酔独言』より、はやおきによる現代仮名遣いで引用
ここでちょっと解説コーナ~。
「大学頭(だいがくのかみ)」とは、林羅山以来、林氏が代々幕府の学問一切について任されていたことを指します。林氏は後にも出てきますが、ざっくり「学問といえば林氏」と覚えておきましょう。
「林大学頭へ連れ行きやったが」とありますが、手持ちの地図では、ここに名前があります。
「聖堂」とは湯島聖堂のこと。現在では「日本の学校教育発祥の地」と謳われています。こんなすごい教育機関に勉強しに行けたのも、お兄ちゃんの彦四郎さんが、幕府で「右筆(ゆうひつ)」という、文書を書くことをつかさどった役職に就いていたから。優秀な人なんです。
『大学』とは、東大とか早稲田大とかいった学校のことでなく、儒教の経書です。「大学」「中庸」「論語」「孟子」を四書といい、儒学で特に重要な書物とされました。
小吉がラクガキしまくって読んでいるのは『大学章句』。四書の中で、最初に読むべきものとされています。一般的にも親しまれていたらしく、『大学笑句』というパロディ本まで出版されていました。
武士の必須科目で、6、7歳で習うのが基本。小吉は12歳で5、6枚覚えるのがやっと、しかも途中で放り出します。
そんな小吉がサボって遊びに行っていたのが、「さくらの馬場」。どこか近所にそういうところがあるんだろうなあと思っていたら、古地図で調べると、すぐ隣りでした。本当に「垣根をくぐりて」遊びに行ってたんですね。
聖堂の左隣に、「バゞ」があります。
そんなことばっかりしているもんで、とうとう先生達から世話を断わられてしまいます。
両人より断り氏故に、うれしかった。
小吉、確信犯…!!
世話をした彦四郎さんは怒らなかったんでしょうか?
漫画では彦四郎さんが詰め切り(赴任)先の信州から帰ってから小吉を塾へ行かせますが、「信州へ五ヶ年詰め切りをしたが、三ヶ年目にご機嫌窺いに江戸へ出たが、」とあり、その時点で小吉は聖堂から本所へ帰っていて、もしかしたら、彦四郎さんが江戸へ帰って来たのは、小吉が塾をやめてからかもしれないのです。
※ネームを書いた時点では、「寄宿」の意味も駿河台の場所も知らなかったもので、「寄宿って、先生が身を寄せてるってことかな?そんで、小吉は本所の家から、駿河台の塾に通ってた(実際はめっちゃ遠い)、と…」などと思っていたのですが、小吉が駿河台の寄宿部屋という寮みたいなとこに入って、聖堂で勉強していた(サボって馬場へ行っていた)ということのようです。
本所の家へ帰ってからも、馬に乗って遊んでいた小吉。馬に乗るにもお金が要ります。そこで、お母さんのへそくりに手を出すことに…。
兄貴がお代官を勤めたが、信州へ五ヶ年詰め切りをしたが、三ヶ年目に御機嫌窺いに江戸へ出たが、その時おれが馬にばかりかかっていて銭金を使う故、馬の稽古をやめろとて、先生へ断りの手紙をやった。そのうえにておれをひどく叱って、禁足をしろと言いおった。それから当分家に居たが困ったよ。
この外出禁止は、12歳から13歳の秋まで続きました。
ということで、『夢酔独言』子供編はこれにておしまいです。十一話「家出編(ネタバレ)」は、小吉が外出を許された13歳の秋から始まります。
※103ページでお兄ちゃん(彦四郎さん)が小吉に「逼塞」を言い渡していますが、「禁足」が正解です。逼塞は、もうちょっと後のくだりだった(ネタバレ)…。
十一話「婿いじめ」に続きます。
13歳になった小吉。お婆様(お姑さん)とますます反りが合わなくなり、ついに家庭内自炊を始めます。しかし、そこでもお婆様から嫌がらせを受け、いよいよ我慢の限界に。どうなるのか?家出とかするのかな?「家出編」だし…。
お楽しみに!
・お知らせ
ただ今、はやおきは「今まで描いてきた清書が下手だから嫌だ!」などと言って第三者から見たらたいして変わり映えのしない原稿の描き直しをしており、それが新しい箇所の清書進行を圧迫しております。
なので今までよりちょっと公開速度が落ちるかもしれませんが、ひとまず十一話に手を付けてはいるので、「かれこれ半年間更新されねーぞ!」とかいう事態にはならない予定です。途中で描き直しを断念するかもしれないし。
それから、「子供編」の清書版ブログ記事の公開が一通り終わったので、ネーム版の記事は引き揚げて、目次とかも、清書版で作り直そうと思っています。ネーム版がお好みの方は、今のうちに御覧になっておいてくださいませ。