『夢酔独言』 百三十六話 西洋の匂い
剣術の師匠・島田虎之助から蘭学を勧められた麟太郎。江戸の蘭学者・箕作阮甫(みつくりげんぽ)先生に弟子入りを申し込ますが、あっさり断られます。
次に麟太郎が訪ねたのは、赤坂に住む永井青崖(ながいせいがい)先生。剣術遣い風情の麟太郎に永井先生も難色を示しますが、麟太郎は持ち前の口八丁で、自分を売り込みます。
今回のお話は、勝海舟の蘭学開始に関する以下の出来事を、ストーリー仕立てにしたものです。
・蘭学者・箕作阮甫(みつくりげんぽ)に弟子入りを申し込むも断られる
・その後、赤坂の同じく蘭学者、永井青崖(ながいせいがい)に弟子入り。オランダ語を習う。
・都甲斧太郎(とこうおのたろう)の家をしばしば訪ねていた。都甲斧太郎は、西洋仕込みの馬の薬を作っていた。
皆さん名前の読みが難し過ぎる…。
麟太郎の「箕作先生は見る目がなかった」「どうして広い世界を知っていてじっとしていられるのだ」などのセリフは、フィクションです。
ただ、後者と似たような言葉を、勝海舟(=麟太郎)は残しています。
ちょうどその頃、おれは熱病をわずらっていたけれども、畳の上で犬死にするよりは、同じくなら軍艦の中で死ぬるがましだと思ったから、…
『氷川清話』より
この世界に生を受けて、わずかに一国に屈す(=従う)、豈丈夫の志ならむや。万国を周遊せずんばついに人たる甲斐なからむやと。
蘭学者仲間にあてた手紙
また、永井青崖先生が「イギリスは島国だが日本とは違う」というようなセリフは、勝海舟の言葉から取ったものです。
私は社会科の授業を半分寝ながら受けていたもので、「江戸時代の日本って鎖国してて外国のことを何にも知らなくて、1853年に黒船が浦賀に来て慌てて開国したんだなあ」ぐらいに思っていましたが、それ以前から、海外情勢は日本に影響を及ぼしていたようです。
今回のエピソード当時、清国(現在の中国)とイギリスのアヘン戦争(1840~42)の戦況は、日本にも伝わっていました。それまで日本に来た外国船は無二念打払令(異国船打ち払い令)によりすべて追い返していましたが、アヘン戦争でのイギリスの優勢と清国の劣勢を知った幕府は、1842年には打ち払い令を廃止し、薪水給与令(しんすいきゅうよれい、外国船に燃料や食料を与えよという命令)に切り替えています。
ここで「蘭学とは?」のおさらいです。
・蘭学とは
江戸中期以降、オランダ語によって西洋の学術を研究しようとした学問。
勝海舟が蘭学を始めた動機については、明確な記録は確かめられていませんが、麟太郎が19、20歳頃、万国地図を見て蘭学を志したという本人の言葉が残っています。
官よりは禁足(外出禁止)を命ぜられており、夜中に他行するくらいの事にて、実におかしきことに候。
志を決して官途に望なく、ただ生あるうちに学術を修業せんとの思いますます固し。
「官よりは禁足を命ぜられており」「志を決して官途に望なく」というのは、『夢酔独言』の主人公であり麟太郎の父親、勝小吉が天保の改革の取り締まり対象になり、息子の麟太郎も出世コースから外れてしまったことを指します。
そういう事情があって、麟太郎は未知の広い世界へ踏み出そうとしたのだ、という解釈をしました。
※「官よりは禁足を命ぜられており、夜中に他行するくらいの事にて」という事情はこのエピソード中も継続していたと思いますが、マンガを描いている最中はすっかり忘れていたので、ガンガン日中出歩いてます。後で修正いたしますm(_ _)m
また、マンガでは「日本のまやかし」として、「疱瘡除けの赤絵」が登場します。
これは、当時対策が確立されていなかった疱瘡(ほうそう=天然痘)対策として、疱瘡の原因とされた疱瘡神が嫌う赤色で刷られたお守り絵です。
子供の死亡率が特に高かったためか、張り子のミミズクのほか、ダルマ、金太郎など、子供に馴染みのあるおもちゃやキャラクターがモチーフに選ばれました。
ちなみにちょっと現代アレンジしていますが、張り子のミミズクはこんな感じのものです(かわいいとの思いが高まったので、先日描きました)。ダルマや金太郎に比べるとマイナーですが、すごくかわいいので登場してもらいました。
そして謎の人物・都甲斧太郎と出会う麟太郎…。
参考資料
『勝小吉と勝海舟 「父子鷹」の明治維新』 大口勇次郎 山川出版社
百三十七話「都甲斧太郎先生」に続きます。
師に恵まれ、オランダ語習得に励む麟太郎。このまま順調に行くかと思いきや…。
麟太郎が万国地図を見た時のエピソードはこちら↓