マンガで読める『夢酔独言』

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『夢酔独言』 百四十話 娘の名は夢

『夢酔独言』 百四十話 娘の名は夢

 

  弘化二年(西暦1846)春、麟太郎(後の勝海舟)は両親の元を離れ、赤坂へ引っ越します。しかし生活は困窮を極め、麟太郎には相変わらず収入のあてがない。

 翌年秋、麟太郎夫婦に長女が誕生し、二人は娘を夢酔(小吉)に見せに行きます。

 娘の名は…。

 

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 今回のお話は、主に勝海舟の発言をまとめた本『氷川清話』を元にしています。

 

 

 

 これまでの史実上の流れを、ざっとおさらいします。

 

弘化元年(西暦1845)

9月、麟太郎23歳、2歳年上の薪炭屋の娘・と結婚。

両親の住む鶯谷で同居していたと推測される。

 

・弘化二年(西暦1846)

4月、麟太郎夫婦は両親と別居、赤坂へ引っ越す。

麟太郎の蘭学の師匠・永井青崖(ながいせいがい)先生の近所に住むためか。

夢酔(小吉)の次女で麟太郎の13歳年下の妹・と同居か(勝海舟の発言では、その辺りがころころ変わる)。

9月15日、長女・誕生。

 

 

 

 マンガでは麟太郎が天井板を引っぺがしたり徳利搗きをしたりといった極貧生活ぶりですが、これは『氷川清話』のこのくだりが元です。

 

 この頃のおれの貧乏というたら非常なもので、畳といえば破れたのが三枚ばかりしかないし、天井といえばみんな薪に使ってしまって、板一枚も残っていなかったのだけれども、…

 

  『氷川清話』では時系列的に少し後のくだりなので、マンガよりもっと激しい貧乏具合です。

 麟太郎の家のボロさは有名だったようで、他にも、訪ねた人曰く、あちこちつっかえ棒をしていたとか、ごくむさくるしい(=散らかっている・汚い)家だったとか。

 

 江戸時代なんだから、その辺に生えている木とかを薪にできなかったんでしょうか…。

 地震大国日本で自宅の建材を薪にするとか、建築基準法をナメてるとしか思えませんね。その頃なかったでしょうけども。

 

 

 

 サラッと夢酔(小吉)のことを「隠居した腰抜け」呼ばわりしていますが、これも『氷川清話』に登場するくだりです。

 勝海舟の父親に関する発言は多くないですが、自身の息子や両親の墓碑では、小吉のことをそれなりに立てています。一方で、天保の改革で取り締まられたり貧乏になったことに関しては、小吉を恨んでいたようです。

 

 

 

 さて、そんな麟太郎夫婦にも、長女が生まれます。

 名前は。今見るとハイカラなネーミングですが、小吉だって「夢酔」とか名乗ってるんだから、意外と当時は普通な名前だったのかもしれません。

 麟太郎は、「夢酔」を意識して命名したんでしょうか…。

 

 麟太郎夫婦は夢酔に夢を見せに行きますが、これはフィクション演出です。夢酔の出番をつくるための苦肉の策です。赤坂から鶯谷まで、徒歩で赤ん坊見せに行くのかよ!とか、武士の女房が道ばたで授乳するの?とかはツッコまないでください。作者の都合です。

    あと、女の子だけど坊主なのは、当時のお子さんは3歳までは男女共に髪を剃るのがスタンダードだったからです。

 

 

 百四十一話「渋田利右衛門(仮)」に続きます。本屋で立ち読みばっかりしていた麟太郎の前に、函館の商人・渋田利右衛門が現れます。

 お楽しみに!