『夢酔独言』 九十七話 雷門で侍を切る
前回、息子・麟太郎の出世のため、素行を改めるよう甥っ子(男谷精一郎)から釘を刺された小吉。
忠次郎に誘われ、浅草市へ出掛けます。混み合う中、侍にちょっかいを出され…。
サブタイトルが不穏過ぎるが、予想を裏切ることができるのか!?
※浅草市といえば、冬の酉の市。…なんですが、このお話はムリヤリ隙間にねじ込んだため、春~夏ごろの設定となっております。
小吉が友達とやって来たのは、浅草寺の雷門。当時は「志ん橋」と書かれた提灯が奉納されていました。このお話から約30年後の慶応元年(1865)、雷門は大火によって焼失し、以後、昭和35年(1960)まで再建されませんでした。
この「志ん橋」提灯は、現在は浅草寺の本堂へ掛けられています。
小吉は浅草界隈を遊び場としており、16歳の時には、男谷新太郎(後の精一郎)、忠次郎兄弟といっしょにわざわざケンカをしに浅草寺に来ています。すっごいガラ悪いです。
今回、男谷兄弟の弟・忠次郎と、多羅尾七郎三郎さんとその他数名で浅草市に来た小吉。娯楽の少ない江戸時代なので、レジャースポットのイベントに、皆さん群がります。その混みようたるや、刀を差して歩けないほど。小吉が侍だからって、誰も道をゆずってくれません。
…急に七郎三郎がさそった故、はかまをはかずにいったから、雷門の内で込合(こみあう)故に、刀がまたぐらへはいて(入って)あるかれなかったが、押しやってゆくと、侍が多羅尾のあたまをさんしょのすりこぎでぶったから、おれが押されながら、そいつの羽織をおさえたらば、摺木(すりこぎ)で又おれの肩をぶちおった故、刀を抜こうとしたら、…
※原作より現代仮名遣いで引用
小吉はいつも素行が悪いですが、いきなり後ろから人の頭を殴るとか、通りすがりの侍Aさんもたいがいです。そしてフツーに刀に手を掛ける小吉。
…「片はしから切り倒す」と大声上げたらば、通りの物がばっと散ったから、抜打(ぬきうち)に其男のにげる処をあびせたらば、間合が遠くって、切先で背筋を下まで切下げたから、帯がきれて大小も懐中物も不レ残(のこらず)おとしてにげたが、そうすると伝法院の辻番から棒を持って壱人出たから、二、三べん刀をふり廻してやったら、往来の者が半町ばかり散ったから、大小と鼻紙入をひろいて辻番の内へなげこんだ。
マンガでは省略されていますが、辻番さんが出て来てから、小吉は2、3回刀を振り回したと原作にはあります。辻番は現代でいう交番のお巡りさんですが、全然役に立ってません。というか、よく逮捕されなかったな小吉…。
小吉はこの時のことを、「切先が一寸余もかかったと思った。大勢の込合場はなが刀も善し悪しだとおもった」と書いています。「コンディションが良かったら、ホントに切ってたかも」と言っているようにしか聞こえません。
ちなみに「大小」とは二本差しの侍が差している2本の刀、「懐中物」とは財布とか、鼻紙入れ(ポケットティッシュ)のことです。
さて、精一郎さんからの言いつけを1話も持たずやぶった小吉。このままで済むはずがありません。
※小吉のフォローをすると、今回のエピソードは年代がわからないので、もっと若い頃の出来事だったかもしれません。でも人切り、ダメ、絶対。
九十八話「二度と生きては帰るまい」に続きます。ある夏の夜、お兄ちゃんの家に呼び出される小吉。行ってみると、みんな泣いている…。