『夢酔独言』 九十六話 麟太郎、将軍の側近になる
小吉、36歳、息子・麟太郎(後の勝海舟)15歳。
麟太郎はかつて江戸城で、11代将軍家斉の孫・初之丞様(麟太郎の2歳年下)のお相手をしていました。
時は流れ、初之丞様が御三卿のひとつ・一橋家に養子入りし、当主になります。初之丞様が元服すれば、麟太郎に士官のチャンスがあるとの話に、色めきたつ小吉。しかしそのためには、小吉が隠居して、麟太郎に家督を譲らなければいけません。
今回のお話は、『夢酔独言』には無く、勝海舟の言葉を集めた『氷川清話(ひかわせいわ)』や、史実を元に構成しています。
冒頭のモノローグは『氷川清話』から(現代仮名遣いで引用)。
本当に修行したのは、剣術ばかりだ。全体、おれの家が剣術の家筋だから、…
それゆえに人は、平生の修行さえ積んでおけば、事に臨んで決して不覚を取るものでない。剣術の奥意に達した人は、決して人に斬られることがないということは、実にその通りだ。おれも昔親父からこの事を聞いて、ひそかに疑って居たが、…
この 「親父」というのが、『夢酔独言』の主人公にして勝海舟の父親、勝小吉のことです。
麟太郎(後の勝海舟)は7歳の時、他の武士の子供たちといっしょに、江戸城のお庭見学に行きます。そこでの振る舞いが偉い人の目に留まり、当時の将軍徳川家斉の孫・初之丞様のお相手として、9歳まで江戸城大奥で過ごしたのでした。
その初之丞様に、将軍を継ぐ可能性が出てきます。
というのも、初之丞様が養子に入った一橋家は、御三卿のひとつ。徳川宗家に後継ぎがいない場合は、一橋家の当主である初之丞様にその権利が回ってくる可能性がありました。そうなれば、麟太郎は将軍の側近。親の小吉としては、そりゃあ喜ばないわけがありません。
※初之丞様が将軍を継ぐ話は、あくまで可能性です。が、元服した初之丞様の家来に麟太郎を、という話はあったようです。
ちなみに小吉と話しているのは男谷精一郎、小吉の甥で、幕末屈指の剣豪です。甥っ子相手に小吉が敬語を使っているのは、精一郎さんの方が年上だから。
一方、麟太郎は高屋彦四郎さん(柳亭種彦)の家にお邪魔しています。この人は江戸時代のそこそこメジャーな小説『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』の作者で、これも小吉の知り合いだと勝海舟が言ってたもので、「ムダにテンションの高い物知りオジさん」として、マンガにちょくちょく登場します。実際どんな性格だったかは知らんけど。
『偐紫田舎源氏』は将軍家斉の大奥のようすを描いたとも言われ、何というか、世間狭いですね。
本名が小吉のお兄ちゃんとドカブりしてるので、「種彦さん」と呼ばれています。
今回のお話、全体的に線がフワフワしてるんですが、マンガ完結間際にふと気が向いて史実を調べ直したら面白いことになってたので、2日ぐらいで描いてムリヤリねじ込んだエピソードだからです。
黒船以前にも浦賀に外国の船来てたんだ~、という、少し心配になるレベルの知識で描きました。
九十七話「雷門で侍を切る」に続きます。精一郎さんから「麟太郎のためにケンカはやめろ」と言われていた小吉、サブタイトルを裏切ることができるのか!?