マンガで読める『夢酔独言』

マンガで読める『夢酔独言』

勝海舟の父親・勝小吉の自伝『夢酔独言』がマンガで読めるブログです。

勝小吉著・『夢酔独言』とは 冒頭文現代語訳

 勝海舟の父親・勝小吉および彼の自伝『夢酔独言』を後世に残すべく延々とマンガ化している当ブログですが、改めまして、『夢酔独言』入門として、原作『夢酔独言』と作者・勝小吉について冒頭文と現代語訳(意訳)を載せました。これから『夢酔独言』を読もうという方のお役に立ちましたら幸いです。

 

 

 

 

 

 

・『夢酔独言』とは

 

 勝海舟の父親・勝小吉が晩年綴った自伝。反省・教訓を交えつつ、自身の半生を記録している。文体は、全編口語体と文語体を混ぜた喋り言葉で構成されている。なお、小吉は21歳まで文盲だった。

 タイトルの『夢酔独言』は小吉の隠居後の名「夢酔」から取っている。原題は『鶯谷庵独言』。鶯谷庵という住まいで書いたため。書かれたのは、天保十四年(西暦1843)。

 

・勝小吉とは

 

  1802~1850。本名、勝左衛門太郎惟寅。「小吉」は通称。

 江戸生れの武士。男谷平蔵の三男で、妾の子。7歳の時、勝家に養子入りする。妻の信は勝家の娘で、2歳年下。

 5歳の時、近所の子供とのケンカで相手を流血させ、自分も怒った父親に下駄で殴られ、頭が陥没する。

 14歳の時、箱根まで家出して死にかける。具体的には、盗人に身ぐるみをはがされ、病気になり、崖から落ちて金玉を打った。

 21歳の時、長男・麟太郎を授かるが、妻の妊娠中二度目の家出しており、連れ戻されて座敷牢に入れられていた。息子が3歳の時、隠居して家督を譲ろうとしたが、父親に怒られて止めた。

 その他、馬鹿馬鹿しいエピソードには事欠かない。

 42歳の時、自伝『夢酔独言』を書く。1850年9月4日、49歳で死去。

 

 

 
・『夢酔独言』の内容と構成

 文庫本にして、約120ページ程度。冒頭数ページと最後の結びは教訓・反省文で、他は勝小吉の出生から順を追って、42歳で『夢酔独言』を書くまでの半生が綴られている。名目は「悪い手本」だが、本人の性格がにじみ出て、終始、武勇伝および自慢話になっいる。

 約20%がケンカ、10%が剣術関係、40%が人の世話、5%が吉原、10%が14歳の時の家出、残り5%が息子(後の勝海舟で構成されている。

 本人が一生無役だったため、武士の仕事の話は一切なし。江戸の町でヤンチャをしまくった末、世話焼きおじさんになったフリーターの回顧録

 

 

 

・冒頭文について注意

 

 『夢酔独言』本文は小吉の武勇伝として面白く読めるのですが、いかんせん、冒頭の数ページは、小吉の「よーし、今からお説教を書いてやるぜ!」という意気込みのせいで、文章が硬くて読みづらいです。

 なので、初めて『夢酔独言』を読まれる場合は、冒頭を飛ばして、「おれほどの馬鹿な者は世の中にもあんまり有るまいとおもふ。」から始まる、小吉が生まれてからのエピソードから読むことをおすすめします(平凡社 東洋文庫138 勝部真長編『夢酔独言 他』11ページ~)。

 しかしそれでは、小吉がせっかく書いた冒頭文が報われません。

 ここに原作冒頭文の引用と、はやおきによる意訳を載せておきます。

 

 参考文献:平凡社 東洋文庫138 勝部真長編『夢酔独言 他』5~10ページ

 

 

 

・『夢酔独言』冒頭

 

 

   鶯谷庵独言

 

 おれがこの一両年、始めて外出を止められたが、毎日々々諸々の著述・物の本・軍談、また御当家の事実、いろいろと見たが、昔より皆々名大将、勇猛の諸士に至るまで、事ゞに天理を知らず、諸士を扱ふ又は世を治むるの術、乱世・治世によらずして、或は強勇にし、或は法悪しく、或は奢り、女色におぼれし人々、一事は功を立つるといへども久しからずして天下国家をうしなゐ、又は知勇の士も、聖人の大法にそむく輩は、始終の功を立てずして、その身の亡びしためしをあげてかぞえがたし。

 和漢とも皆々天理にてらして、君臣の礼もなく、父兄の愛もなくして、どんよくきょうしや故に、全き身命を亡ぼし、家国もうしのふ事、みなゝゝ天の罪を受くる故と、はじめてさとり、おれが身を是までつゝがなくたもちしはふしぎだとおもふと、いよゝゝ天の照覧をおそれかしこみて、なかゝゝひとの中へも顔出しがはづかしくて、できずとおもふは。

 さりながら昔年、募悪の中よりして、多くの人を金銀をもおしまず世話をしてやり、又人人の大事の場合も助けてやつたから、それ故にすこしは天の恵があつた故、此よふに先あんのんにしているだろふとおもふ。

 息子がしつまい故に、益友をともとして、悪友につき合ず、武芸に遊んでいて、おれには孝心にしてくれて、よく兄弟をも憐、けんそにして物を遣ず、麁服をも恥じず、粗食し、おれがこまらぬよふにしてくれ、娘が家内中の世話をしてくれて、なにもおれ夫婦が少しも苦労のなゐよふにするから、今は誠の楽いん居になつた。

 おれのよふの子供ができたらば、なかなか此楽は出来まいとおもふ。是もふしぎだ。神仏には捨てられぬ身とおもふ。孫や其子はよくゝゝ義邦の通りにして、子々孫々のさかえるよふにこゝろがけるがいゝぜ。

  年八、九歳からは、外の事をすてゝ、学文して、武術に昼夜身を送り、諸々の著述本を見るべし。へたの学問よりはるか増しだから。女子は十歳にもなつたらば、髪月代を仕習つて、おのれが髪もひと手にかゝらぬよふにして、縫はりし、十三歳くらいよりは、我が身をひとの厄介にならぬよふもて、手習ひなどもして、人並に書くことをすべし。外へ嫁しても、事をかゝず一家を納むべし。おれが娘は十四歳のときから、手前の身の事は人の厄介になつたことはなゐ。家内じうのものが返て世話になる。

 男子は五体をつよくして、そじきをして、武芸骨をおり、一芸は諸人にぬきん出、ていをたくましくして、旦那の為には極忠をつくし、親の為には孝道を専らにして、妻子にはじあいし、下人には仁慈をかけて使ゐ、勤をば固くして、友達には信義をもつて交り、専らにけんやくしておごらず、そふくし、益友には厚くしたゐて道を聞き、師匠をとるなら、業はすこし次にしても、道に明らかにして俊ぼくの仁をゑらみて入門すべし。

 無益の友は交るべからず。多言をいふ事なかれ。目上の仁は尊敬すべし。万事内輪にして慎み、祖先をまつりてけがすべからず。勤は半時はやく出づべし。文武をもつて農事とおもふべし。少しも若いときはひまなきよふ道々を学ぶべし。ひま有時は外魔が入りて身をくずす中だち也。遊芸には寄る事なかれ。年寄は心して少しはすべし。過ればおのれのよふになる。庭へは諸木を植ゑず、畑をこしらい、農事をもすべし。百姓の情を知る。世間の人情に通達して、心におさめて外へ出さず守るべし。人に芸の教授せば、弟子を愛して誠を尽し、気に叶はぬものには猶々丹精を尽すべし。ゑこの心を出す事なかれ。万事に厚く心を用ひする時は、天理にかなゐて、おのれが子孫に幸あらん。何事も勤めとさらば、うき事はなかるまじ。

 第一に利欲はたつべし。夢にも見る事なかれ。おれは多欲だから今の姿になつた。是が手本だ。高相応に物をたくわいて、もし友達か親類に不慮の事があつたならば、おしまずほどこしやるべし。縁者はおのれより上のひとゝ縁組べからず。成丈ひん窮より相談すべし。おのれに勝るとおごりがつく。家来はびんぼう人の子をつかうべし。年季たちたらば分げんの格にして片付てやるべし。女色にはふけるべからず。女には気を付くべし。油断すると家を破る。世間に義理をばかくべからず。友達をば陰にて取りなすべし。常住座臥とも柔和にして、家事をおさめ、主人の威光をおとすことなし。聖賢の道に志して、万慎みて守るときは、一生安穏にして、身をあやまつことはなかるまじ。

 おれはこれからはこの道を守る心だ。なんにしろ学問を専要にして、能々上代のおしへにかのふよふにするがいゝ。随分、して出来ぬことはなゐものだ。それになれるとしまへにはらくに出来る物だ。けつして理外の道へいることなかれ。身を立て、名をあげて、家をおこす事がかんじんだ。たとへばおれを見ろよ。理外にはしりて、人外のことばかりしたから、祖先より代々勤めつゞいた家だが、おれひとり勤めなゐから、家にきづを付た。是がなによりの手本だは。今となり、醒めていくら後悔をしたからとて、しかたがなゐ。世間の者には悪輩のよふにいわれて、持つていた金や道具は貸し取りにあいて、夫をとりにやれば、隠居が悪法でこしらいた道具だからなに返すに及ばずといふし、金も又その心持で先がいるから、ろくに挨拶もせずによこさぬは。悟れば向ふが尤とおもふよい。かよふの事が出ても、人をばうらむものではない。みんなこつちのわるいとおもふ心がかんじんだ。怨敵には恩をもつてこたへば、間違はない。おれは此度も頭よりおしこめられてから、取扱のもの共をうらんだが、よくゝゝ考へて見たらば、みんなおれが身より火事を出したと気がつゐたから、まいばんゝゝゝゝ罪ほろぼしには法華経をよんで、陰ながらおれにつらく当たつたと、おれが心得違した仁々へは、立身するよふに祈つてやるから、そのせいかこのごろはおれの体も丈夫になつて、家内のうちになにもさいなんもなく、親子兄弟とも一言のいさかひもなく、毎日毎日笑つてくらすは、誠に奇妙のものだとおもふから、子々孫々とも、こふしたらよかろふと気がつゐた故に、ひまにあかして、折々書付た、善悪のむくゐをよくゝゝ味おうべし。

 恐多くも東照宮の御幼少の御事、数年の御難戦故に、かくの如くに泰平つゞき、万事きかつにうれゐわすれ、妻子をあん楽にすごし、且は先祖の勤苦おもいやるべし。夫より子孫はふところ手をして、先祖の貰つた高を取うけて、昔を忘れて、美服をき、美味をくらいうし、ろくの御奉公をも勤めざるは、不忠不義不孝ならずや。こゝを能おもつて見ろ。今のつとめは畳の上の仕事だから、少しもきづかいがないは。万一すべつてころぶくらいの事だ。せめては朝は早く起きて其身の勤にかゝり、夜は心を安くして寝て、淡白のものを食し、おごりをはぶいて諸道に心をつくし、不断の着類は破らざれば是として、勤の服はあかのつかざれば是とし、家居は雨もらざればよしとし、畳きれざれば是として、専らに倹素にして、よく舵をおさめ、勤めつき合には身分に応じて事をすべし。なんぼけんやくをすればとて、吝嗇はすべからず。倹、吝の二字を味おふてすべし。数巻の書物をよんでも、心得が違ふと、野郎の本箱字引になるから、こゝは間違はぬよふにすべし。武芸もそふだ。ぶこつの業を学と、支体かたまりて、野郎の刀掛になる故、其心すべし。

 人間になるにも其通りだ。どんよく迷ふと、うはべは人間で、心は犬猫どふよふになる。真人間になるよふに心懸るが専一だ。文武諸芸みなゝゝ学ぶに心用いらざれば、不残このかたわとなる。かたわとなるならば学ばぬがましだ。よくゝゝこの心を間違はぬよふに守が肝要だ。

 子々孫々ともかたくおれがいふことを用ゆべし。先にもいふ通り、おれは今までも、なんにも文字のむづかしい事はよめぬから、こゝにかくにもかなのちがひも多くあるから、よくよく考えてよむべし。

 

 天保十四寅年の初冬、於鶯谷庵かきつゞりぬ

   

   左衛門太郎入道 夢酔老

 

 

 

 ・冒頭文意訳

 

 

 おれがこの一、二年、初めて他行留(=外出禁止の罰)を食らってから、もろもろの著述本から、軍談、徳川御当家についての記録まで、毎日いろいろな本を読んだ。

 昔から、名大将、勇猛の士に至るまで、人や世を治めるにつけ、道理を知らない。あるいは強引に、あるいは悪法を使い、あるいは奢り、女色に溺れた人々は、一時は功を立てたとしても、いつか天下国家を失う。これは乱世・治世にかかわらぬ。また、知勇の士も、聖人の大法にそむく輩は、決して功を立てられず、その身を滅ぼすものだ。

 日本だろうが清国だろうが、君臣(君主と臣下)の礼もなく、父兄の愛もなくして、貪欲驕奢(おごりたかぶる)故に、身命家国も失うのは、天の罰を受けた故だ。

 おれはこれのことを初めて知った。それを思うと、このおれの身がこれまでつつがなく保てたのも不思議だよ。おれの悪行をお天道様が見ていたと思うと、なかなか人の中へ顔を出すのも恥ずかしくって、できねえと思うわ。

  とはいえ、かつて誘惑の多いなかで、多くの人を金銀も惜しまず世話をしてやり、また大事の時も助けてやった。それで少しは天の恵みがあった故、このようにひとまず安穏にしているんだろうぜ。

 息子は真っ当なものだ。良い友達を持ち、武芸に遊んでいて、兄弟の面倒も見、倹素にして物を使わず、粗末な服でも恥じず、粗食をし、おれには孝行して、困らぬようにしてくれる。

 娘が家中の世話をしてくれて、おれ夫婦が少しも苦労のないようにするから、今は誠の楽隠居になった。

 おれのような子供が出来たらば、なかなかこの楽はできまいと思う。これも不思議だ。神仏には捨てられぬ身とさえ思う。孫やその子はよくよく義邦(息子・麟太郎のこと)の通りにして、子々孫々の栄えるよう、心掛けるがいいぜ。

 八、九歳からは、他のことは捨てて、学問して、武術に昼夜身を送り、いろいろの著述本を見るべし。読書は、下手な学問よりはるかマシだ。

 女子は十歳にもなったらば、髪月代の仕方を習って、自分の髪も結えるようにして、裁縫をし、十三歳にもなったらば、我が身を人の厄介にはならぬつもりで、手習いなどもして、人並みに字を書くことをすべし。外へ嫁いでも、事欠かず一家を治めること。おれの娘は十四の時から、自分の身のことは人の厄介になったことはない。家族じゅうがかえって世話になる。

 男子は五体を強くして、粗食をして、武芸に骨を折り一芸は人より抜きん出、旦那(将軍)のためには忠義を尽くし、親のためには孝行、妻子には慈愛、下人には仁慈をかけて使い、勤めは固く、友達には信義を持って交わり、倹約しておごらず、粗服し、益友にはあつく慕って道を聞くべし。師匠を取るなら、技は少しまずくっても、道理を心得た俊朴な人を選んで入門すべし。

 無益の友と交わるべからず。何でも心におさめて、多言を言うことなかれ。

 目上の人は尊敬すべし。先祖を祭りて汚すべからず。

 勤めには半時(約一時間)早く出るべし。

 文武を勤めと思え。

 若い時は、少しも暇のないよう道々(道理、学問、武芸他)を学ぶべし。暇ができると誘惑が入って身をくずす。遊芸には近寄ることなかれ。年寄りは気を付けて少しはすべし。やり過ぎるとおれみたいになる。

 庭には木など植えず、畑をこしらい、農事をすべし。百姓の情がわかる。

 世間の人情をよく知り、しかし心におさめて外へは出さず守るべし。

 人に芸を教える時は、弟子を愛して誠を尽くせ。思うようにいかぬ者には、いっそう真心を尽くすこと。えこひいきをしてはならねえよ。

 何事も、あつく心を用いれば、天の道理に叶い、子孫の幸いとなるだろう。それを勤めと思えば、心配することはない。

 第一に利欲は断つべし。夢にも見ることなかれ。おれは多欲だから今の姿になった。これが手本だ。

 高(収入)相応に物を蓄えて、もし友達か親類に不慮の事があったらば、惜しまず施してやるべし。

 縁組は自分より上の人を選ぶべからず。なるたけ貧窮の家と相談すべし。こちらより勝っていると驕りがつく。家来は貧乏人の子を使うべし。長く勤めてくれた者は、それなりの格にして片付けて(処遇して)やるべし。

 女色にはふけるべからず。女には気を付けるべし。油断すると家を破る(家計が破綻する、あるいは家庭崩壊)。

 世間に義理を欠くべからず。

 友達を陰で取りなすべし。

 いつも柔和に、家事(家のいろいろなこと)をおさめ、主人の威光を落とすことのないように。

 聖人、賢人の道を志し、それを守るならば、一生安穏にして、間違いを犯すことはない。

  おれはこれからはこの道を守るつもりだ。何にしろ学問を最優先にして、よくよく昔からの教えにかなうようにするがいい。ずいぶん、して出来ぬことはないものだ。慣れると、しまいには楽に出来るようになる。

 決して理外の道へ入ることなかれ。身を立て、名を上げて、家をおこすことが肝心だ。

 例えばおれを見ろよ。理外に走りて、法外なことばかりしたから、祖先より代々勤め続いた家だが、おれが一人勤めないから、家に傷をつけた。これが何よりの手本だわ。今になって、目が醒めていくら後悔したとて、仕方がない。世間の者には悪輩(悪者)のように言われて、持っていた金や道具は質屋に取られて、それを取りにやれば、「隠居(小吉のこと)があくどい手段でこしらえた道具だから返すことはない」と言われるし、金を貸してやったやつらもそのつもりだから、ろくに挨拶せず、返しもしねえ。

 だが、向うがもっともだと思うがいい。そのようなことがあっても、人を恨むものではない。みんなこっちが悪いと思う心が肝心だ。恨めしく思う相手には、恩情をもって応えれば、間違いはない。おれはこの度も頭(かしら)よりおしこめられてから、取扱(とりあつかい=上官)の者どもを恨んだが、よくよく考えたら、みんなおれが身より出した火事だと気が付いた。

 それからは、毎晩罪滅ぼしには法華経を読んで、おれにつらく当たったとおれが心得違いした人々に、陰ながら祈ってやっている。

 そのせいか、この頃はおれの身体も丈夫になって、家族に何のいさかいもなく、毎日毎日、笑って暮らしているよ。誠に奇妙のものだが、子々孫々とも、こうしたらよかろうと気が付いた。

 おれが折々書きつけた、善悪の報いをよくよく味わうべし。

 恐れ多くも東照宮様(徳川家康)のご幼少の頃の苦労、長年にわたっての戦があって、今のような泰平の世が続いているのだ。飢渇(きかつ=飢えや渇き)に憂うことを忘れ、妻子とも安楽に過ごしているだろう。先祖の苦労を思いやるがいい。それを子孫は懐手(ふところで=懐に手を入れる→他人に任せて自分では何もしないこと)をして、先祖が得た報酬を譲り受けて、昔を忘れて、美服を着、旨い物を食い、それでいてろくにご奉公も勤めないのは、不忠・不義・不孝というものだ。ここをよく考えろ。

 今の勤めは畳の上の仕事だから、少しも心配することはねえ。まんいち、滑って転ぶぐらいのことだ。

  せめては朝は早く起きておのれの勤めにかかり、夜は心静かに眠り、淡白なものを食し、驕りを省いていろいろな道に精進しやれ。

 普段の着物は破れなければよし、勤めの服は垢が付かなければよし。家は雨漏りがなければよし、畳は擦り切れなければよしだ。もっぱら倹素にして、よく家のことを治め、勤め・付き合いは身分に応じてするがいい。

 いくら倹約するといったって、吝嗇(りんしょく=ケチ)はいけねえよ。倹約とけちを間違えねえように。

 たくさんの本を読んだって、心得が違うと野郎の本箱字引(知識ばかりで役に立たない)になるから、そこを間違わぬようにすべし。武芸もそうだ。無骨(ぶこつ=役に立たない)の技を学ぶと、肢体が固まって、野郎の刀掛け(武道において、役に立たないこと)になる。

 人間についても、その通りだ。貪欲迷うと、うわべは人間でも、心は犬猫同様になる。真人間になるように心掛けるが専一だ。文武諸芸とも、学ぶのに心を欠けば、残らず中途半端になる。それなら学ばぬがましだ。よくよくこの心を間違わぬよう、守るべし。

 子々孫々とも、固くおれが言うことを用いるべし。前に書いたとおり、おれは今だって、難しい字は何にも読めぬ。ここに書くにも、仮名の違いも多くあるだろう。よくよく考えて読むんだぜ。

 

 天保十四年の初冬、鶯谷庵にて書き綴る。

 

   左衛門太郎こと、夢酔。

 

 

 

・補足

 

 

 この一連のくだりは、マンガ『夢酔独言』百三十二話にまとめてあるので、よければご覧ください。

musuidokugen.hatenablog.com

 

 原作『夢酔独言』を読むにあたって、読みにくい字、分かりにくい用語、お金の円換算などは、こちらにまとめてあります。

musuidokugen.hatenablog.com

 

 

 

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原作『夢酔独言』の平凡社東洋文庫版と講談社勝海舟全集版の違い

    マンガ『夢酔独言』作画担当者のはやおきです。

    はやおきが原典としている『夢酔独言』(ご存知ない方のために説明すると、勝海舟のパパである勝小吉が江戸時代に書いた自伝で、現代語訳なしでも読めてしかも面白い)は平凡社東洋文庫版なのですが、手持ちの講談社勝海舟全集別巻来簡と資料勝海舟全集にもいろんな出版社のいろんなヴァージョンがあります)を眺めていたら、そこに『夢酔独言』も載っていたわけです。

 で、内容は日頃読んでる東洋文庫版と同じと思って熱心に読んでいなかったのですが、〈中略〉講談社勝海舟全集の解題で、他の勝海舟全集や東洋文庫を「誤りが多い」としたうえで、「我々は戸川氏所蔵の原本から一字々々完全に新しく、かつ原本の字を完全に忠実に読み起こした。」とあり、講談社勝海舟全集版を読めば、より原本に近い内容を把握できるのではないか?と、はやおきはにわかにやる気を出したわけです。

    はやおきはTwitterにて毎日マンガ『夢酔独言』および原作の内容について呟いているのですが、そのついでに東洋文庫版と勝海舟全集版を読み比べ、解釈の違う箇所を見付けたら、忘備メモとしてブログ記事にも書き留めていこうと思います。無闇に更新頻度を増やそうという狡い計画です。

 各比較箇所は、マンガ『夢酔独言』のタイトルと東洋文庫版のページで場所表記します。なお、原本に句読点は付いていないので、句読点の位置の違いは気にしないものとします。あと、意味が変わらない範囲での読み・送り仮名の違い等も無視します(ただし、はやおきが気になった箇所は挙げておきます。意味は変わらんが言い回しが変わってるとこが、けっこうあるのです)。

 

 

 

・五話「百物語」(東洋文庫版16ページ)

 小吉8歳頃、お婆様に悪態をついてパパさんに怒られるくだり。

東洋文庫版:「脇差を抜て、おれに付たが、」

勝海舟全集版:「脇差を抜て、おれに付たが、」

 

・七話「男谷の悪戯子」(東洋文庫版17ページ)

 小吉9歳頃、柔術の稽古日について。

東洋文庫版:「三、八、五、十」

勝海舟全集版:「三八、五十」

 三八(さんぱち)は毎月の3、8、13、18、23、28で、五十(ごとお)は同じく毎月の5、10、15、20、25、30(30の代わりにその月の末日になる場合もある)です。ともに、元は仏教に関わる日です。

 東洋文庫版と比べて、めっちゃ日数が増えてびっくり。

 

 

・十話「小吉、塾へ行く」(東洋文庫版21ページ)

 小吉12歳、ママさんの金を盗んで乗っていた馬について。

東洋文庫版:「馬の稽古をやめろとて、」

勝海舟全集版:「馬の稽古をあ(きら)めろとて、」

 

 

 

・十六話「侍の馬乗り」(東洋文庫版26ページ)

 小吉が馬喰に見つかるくだり。

東洋文庫版:「おれが目をさましておきあがたら、馬引どもが見おつて、〈中略〉とてさんゞゝしかりおつたが、いろゝゝわびして其の内へかゞんでいて、」

勝海舟全集版:「おれが目をさましておきあがたら、馬引ともが見おつて、〈中略〉とてさんゞゝしかりおつたが、いろゝゝわびことして其の内へかゞんでいて」

 

 

 

・十九話「上方はいかぬところ」(東洋文庫版32ページ)

 二丁町での、女郎屋の客のセリフ。

東洋文庫版:「どか侍の子だろふ」

勝海舟全集版:「どか、侍の子だろふ」

 「どふか(どうか)」は、多分という感じの意味です。小林隼太さんのくだりにも登場する言い回しです。

 

 

 

・三十四話「道場破り」(東洋文庫版45ページ)

 他流試合について、自分が中興の祖と言いたい小吉。

東洋文庫版:「他流は、中興、先づおれがはじめ

勝海舟全集版:「他流は中興先ツおれがはじめ

 「おれがはじめだ」と「おれがはじめた」は若干ニュアンスが違うと思ってここに挙げましたが、勝海舟全集版(原文)では濁点の位置がけっこうメチャクチャ(一般的な位置と逆に付いている場合がけっこうある)なので、本人的には「おれがはじめだ」のつもりで「おれがはじめた」と書いたかもしれません。

 

 

 

・三十七話「信濃での大捕り物」(東洋文庫版46、47ページ)

 小吉が代役で検見(けみ、年貢を決める調査のこと)をするくだり。

東洋文庫版:「榊木といふ村の見場の検見をおれにさせたが、〈中略〉取の時、籾二合五勺あつたから、六合五勺の取を云付たが」

勝海舟全集版:「榊木といふ村の見場のけん見をおれにさせたが、〈中略〉取の時、籾二合五夕あつたから、六合五夕の取を云付たが」

 東洋文庫版では「見所場」となっているのが、勝海舟全集版では「見取場」となっています。「見所場」という単語の意味が調べても見当たらないのに対し、「見取場」には、「地味が劣る田畑あるいは新田の広さをはかり、それに応じて年貢を決めること(いろいろパターンはありますが、おおよそこんな風な意味です)」という意味があります。見取場を調査する時点で、年貢を軽くする方針だったようです。

 また、「取置」という、処分とか処置という意味らしい単語なのが、勝海舟全集版では、「取箇(とりか)」という、年貢を表す単語になっています。

なお、「夕」は「勺」と同じです。

 

 郡代百姓の屋敷で起きた騒ぎのくだり。

東洋文庫版:「夫よりさわぎになつたが、大勢出て召捕としたが、〈中略〉郡代の門をはいるやつをきりおる故」

勝海舟全集版:「夫よりさわぎにゑたが大勢出て召輔としたが、〈中略〉郡代が門をいるやつをきりおる故」

 東洋文庫版では「騒ぎになったが、(誰かは明言しないが人が)大勢出て」なのが、勝海舟全集版では、「騒ぎに、えたが、大勢出て」となっていて、けっこう意味が違います。「えた」は士農工商の外の身分にあった人で、犯罪者の逮捕や処刑をする場合がありました。※はやおきはマンガ『夢酔独言』において、えた身分の人が受ける差別を許容しません。

後半もちょっと言い回しが違うので入れましたが、大筋の意味は一緒です。

 

 

 

・五十四話「二十四歳で隠居も早過ぎる」(東洋文庫版61、62ページ)

 「隠居したい」と言う小吉を、パパさんが諭すくだり。

東洋文庫版:「養へも孝養もして」

勝海舟全集版:「養へも孝養もして」

 「養実」という単語の意味がはっきり分かりませんが…。養家である勝家全体やその一族を指すと思われます。

 

 就職活動に精を出し、合間に剣術の稽古をするくだり。

東洋文庫版:「合にはけいこをしていたが」

勝海舟全集版:「合にはけいこをしていたがの」

 「~がの」という言い回しは、小吉8歳のくだりにも使われています。

 

・六十話「それから続けて十三杯呑んだ」(東洋文庫版68ページ)

 小吉が大竹源太郎さんとケンカをして、納戸に閉じ込められて説得されるくだり。

東洋文庫版:「大竹と和ぼく(和睦)して呉ろ」

勝海舟全集版:「大竹と和じく(和熟)して呉ろ」

 「和睦」は仲直りすること、「和熟」は仲良くすることです。

 

 

 

・六十七話「小吉、悪霊を退治する」(東洋文庫版73ページ)

 富くじについて。

東洋文庫版:「かけ富でも九十両、徳山と一所に取た」

勝海舟全集版:「かけ(影)富でも、九十両、徳山と一所に取た」

 文字に打ってみたら、文面上は違いがなかったですが…。

 東洋文庫版71ページに「かげ富富くじの当たり番号を賭ける)」という単語が出てきますが、勝海舟全集版での注釈ルビによって、「かけ富=かげ富」とわかります。

 

 

 

・六十九話「小吉、人間を切る」(東洋文庫版73ページ)

 小吉の知り合いの刀鍛冶について。

東洋文庫版:「水心子天秀といふ刀かじの孫聟に心子秀世といふ男」

勝海舟全集版:「水心子天秀といふ刀かじの孫聟に心子秀世といふ男」

 勝海舟全集補注によると、「天秀(正秀)ー貞秀ー正次の系譜が水心子を号したのに対して、娘の秀世は氷心子を号した」「原本で夢酔は「水心子」と「氷心子」をきちんと区別して書いている」そうです。この後、東洋文庫版77ページにも水心子秀世さんが登場しますが、勝海舟全集版では「氷心子秀世」となっています。

 

 

 

・八十二話「掛け捨て御免」(東洋文庫版81、82ページ)

 剣術仲間が、小吉に無尽の話を持ってくるくだり。

東洋文庫版「最早大がひは拵た(こしらいた)が」

勝海舟全集版:「最早大かひは極た(きまった)が」

 意味はおおむね同じですが、言い回しはけっこう違います。

 「大がひ」「大かひ」は、「大概」です。

 

 

 

 蔵宿の番頭・又兵衛さんについて。

東洋文庫版:「▢(虫食い)地の又兵衛」

勝海舟全集版:「第地の又兵衛」

 勝海舟全集版補注によると、原本には虫食いは無く、「弟」「茅」「第」などに近いがどれとも断定しかねる草体が書いてあるとのことです。改造社版全集本では「築地」としているが、実際は「築」でもないと。

 

 

・八十三話「道具市の小吉」(東洋文庫版82ページ)

 小吉の買い付けの話。

東洋文庫版:「外の者が買ふものを持てくると」

勝海舟全集版:「外の者がかぶせものを持てくると」

 「被け物(かぶけもの)」という言葉があり、その意味の一つに「偽物」とあるので、それじゃないかと推測しています。「前広に内通してくれる故に、いつも損をしなかつた。」と続きます。

 

 

 

 道具屋の皆さんに蕎麦をおごった結果、あちこちの市場に小吉の席が用意されるくだり。

東洋文庫版:「おれが乗るふとんを」

勝海舟全集版:「おれが乗る小ふとんを」

 座布団的なものと思いますが、勝海舟全集版では、そのサイズが明記されていたことが分かります。

 

 

 

・八十八話「悪知恵」(東洋文庫版86ページ)

 次兄・三郎右衛門さんの惣領・忠蔵の惣領の名前。

東洋文庫版:「眊太郎(もうたろう)」

勝海舟全集版:「肫太郎(しゅんたろう、あるいはじゅんたろう」

 勝海舟記念館の学芸員コラム令和3年9月6日(4)『市井に分け入る』に掲載されている当時の資料には、「肫太郎」とあります。5.pdf (city.ota.tokyo.jp)あと、三郎右衛門さんは「三郎左衛門」。これは資料によります。三郎左衛門が正式だとすると、小吉が兄弟の名前を間違ってることになりますが、小吉に限ってはあり得ないことではありません。『夢酔独言』の人名・地名表記はいつもテキトウだから。

 

 評定所の同心・湯場さんの名前。

東洋文庫版:「宗十郎

勝海舟全集版:「宇十郎」

 

 

 

 漫画では省きましたが、従弟の竹内平右衛門さんの娘を養女にしたくだり(東洋文庫版87ページ)。

東洋文庫版:「忠五郎は元より弟子故、縁者になつた竹内の惣領三平が」

勝海舟全集版:「忠五郎は元より弟子故、縁者になつた。竹内の惣領三平か」

 原本に句読点は付いていませんが、その位置で、意味が変わることもありそうです。

 ちなみに、濁点が付いてない場合もけっこうあります。

 

 

 

・八十九話「そんな手紙は書いてない」(東洋文庫版89、90ページ)

 三郎右衛門さんのお役目について。

東洋文庫版:「中々懸合(かけあい)は大役故に勤られぬ」

勝海舟全集版:「中々県令(けんれい)は大役故に勤られぬ」

 懸合は『夢酔独言』でよく見る「相談・話し合い」の意、県令は郡司、ここでは代官を指すと推測できます。

 

 

 

 正之助と女郎遊びをするくだり。

東洋文庫版:「揚代滞にして六両かねを出してかり、宅へ」

勝海舟全集版:「揚代滞にして六両かねを出して、かり(仮)宅へ」

 東洋文庫版では単に「宅」なのが、勝海舟全集版では「仮宅」になっています。

 

 

 

小林隼太さんと小吉

※このページはカラーイラスト収納場所です。新しいのが、上に来ます。

 

 

 

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小林隼太さんと小吉(2022,11,19)

    小林隼太さん(左)と、小吉(右)です。

 小林さんの髪の毛(のイメージカラー)は緑です。ここ以外で塗られる機会は無いと思いますが…。

※御存じない方に解説すると、小林さんは小吉に剣術の試合で負けて、小吉を闇討ちにしようとした人です。

 

 

 

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芝翫縞(2022,7,10)

 芝翫(しかんじま…箪笥の取っ手とかに使われるに四本の縞で、「しかん」→歌舞伎役者の中村芝翫を表した模様)の着物です。小吉は着なさそうですが、かねてよりうすうす格好いいと思っていたので、思い立って描きました。

 いつもたいてい用紙に合わせて真ん中に配置してるのに、ちょっと右にずれてしまった…。

 

 

 


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度九郎さん(2022,5,4)

 『童謠妙々車』より、登場人物の一人、度九郎さんです。着物の柄が描きたかっただけの絵。

 度九郎さんは月代を剃らずに伸ばしているヘヤースタイルなのですが、月代状態では鬢(側頭の生え際のとこの髪)も剃るため、そこが伸びてライオンのタテガミみたいになっています。

    元絵は右。

    色つけはコピックです。

 

 

 

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虎の褌(2011,2,3)

 着物の下から褌が透けて見えている…という絵のつもりでしたが、着物というのは中で重なっているので上からだと全然見えんということに途中で気付きました。

 コピックで塗りました。

 

 

 

 

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寅年の絵(2021.12.28)

    2022年は寅年ということで、名前に虎がついている島田虎之助さんです。

 2022年は勝小吉生誕220年の年なので、小吉でもよかったですね。四隅の字も、「謹賀新年」とかにすればよかった。

 去年末の段階で描いてて偉い。

 

 

 

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雪に柴垣(2021.12,5)

 袖をメインにした図です。

 右側から描きましたが、左側の雪の描写が上手くなっているので、右側のイマイチさが気になります。

 

 

 

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ガオーとする小吉(2021,11,26)

 コモドオオトカゲ(恐らくこの頃はまだ発見されていない)の真似をする小吉と、そんな父親を見る麟太郎です。

 

 

 

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ニットマン(2021,11,15)

 アラン&ガンジー模様のニットを描きたかった絵です。

 アラン模様ガンジー模様は、それぞれ編み物の技法を指し、色ではなく、編み目の種類で模様を編み出します。はやおきはこの技法が好きなのですが、自分では作りません。完成させるのに半年くらいかかるから。

 人の部分は、誰か架空の人にしようとしたのですが、顔面が小吉になってしまって困ったので、帽子をかぶせたり、前髪を長くして誤魔化しました。

 

 

 

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日焼け(2021.10.2)

    日焼け跡の見せ合いっこ。

    左が忠次郎で、右が小吉です。

    小吉は夏休み中、現代へ行ってきたようです(※江戸時代に夏休みはない)。

    コピックで色を塗りました。

 

 

 

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水彩画風の塗り方(2021,9,22)
 

 昔の外国の絵本にあるような、水彩画っぽい色塗りが好きなのです。ピーターラビットみたいな

 はやおきは水彩画の勉強をしなかったので自己流です。今回初めてやりました。

 あと、本来の色には無いが緑とか入れるのも好きなので、黄色やら青とともに使ったら、喉元が虹色になるという事態になりましたが…。

 顔面は鏡を見ながら描いたのでそこそこリアルですが、月代部分は分からんので、フワフワした描写になっています。

 

 


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藍摺風の小吉(2020,8,18)

 

 浮世絵に「藍摺(あいずり)」というのがあって、名前の通り藍色を基調としたものです(ポイントに赤や黄色を使う場合もある)。

 毎度スキャンすると淡い色がトんで弱っていたのですが、試しにスキャンする際の解像度を上げたら、写りました。

 

 

 

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ワニ(2020,8,13)

 

 ワニです。

 この絵は何かというと、身内に頼まれて描いたのですが、横長のこのサイズということで、「横長の構図ならワニ」ということで、ワニです。

 模様は、手持ちの型紙摺印判から取りました。動物のボディーに人工の模様が付いてるのが好きなのです。

 

 

 

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浮世絵風の女性(2021,7,7)

 

 国貞先生(歌川国貞)の春画に出てくるような女性です。

 襟は起毛素材です。

 この絵はめちゃくちゃ失敗でした。これをいいと思って時間や絵の具を使っていたかと思うと、恥ずかしいです。

 

 

 

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七夕の夕暮れ(2021,7,7)

 

 七夕を描いた浮世絵を見ると、笹飾りが10メートルはあるんじゃないかって高さで描かれています。そんな時代のワンシーンです。実際はどうだったか知らない。でも、そんなに背の高い笹飾りがニョキニョキ立ってる風景は、迫力があっただろうなぁと思います。

 小吉の着物コーデネイトは、総絞りの襦袢(インナー)に牡丹に霞の浴衣、星座の帯です。

 

・オマケ

 江戸時代の七夕の絵。『童謠妙々車』より。

 枠に星座が描いてあります。

 昔は、七夕は雨の方がおめでたかった(織姫と彦星が会えた嬉し涙という解釈)んだそうです。でも、雨が降ったら、短冊がベチャベチャになりそうだ。

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褌に草履の立ち姿(2021,6,18)

 

    浮世絵っぽい体型と描き方の絵です。

    浮世絵は主線が黒ではなく、髪の毛や黒い着物が一番黒くなります。

 

 

 

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『小吉の女房2』見てね!の絵(2010,4,4〜5,16)

 

    金曜日にドラマを観て、日曜日の再放送に向けて描いたものです。

    スキャンすると色がトぶので、写真です。    

 

 

 

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屈強なメイドさん(2021,5,12)

 

    何を思ったか、メイドの日に描いたメイドさんの絵です。

    ほとんど小吉。

    コピック(マーカーと筆ペンの間みたいな画材)で塗りました。

    洋服描くのは苦手なんだ…。

 

 

 

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江戸時代のサンタ装束(2020,12,25)

    珍しく、時事に合わせて絵を描きました。

    モノクロの方も載せたけど、塗った後チョイと加筆しました。

 

 

 

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月代でない島田虎之助さん(2020,9,14)

 

 試みに描きました。

 顔面は鏡を見ればだいたい分かるのですが、髪の塗り方が分からんので、テキトウになっています。

 コピック(色マーカーみたいなもの)で 色付けしたのですが、気付いたらいっぱいインクが付いていました。飛んだのかな。

 

 

 

※続きは、過去に描いた絵です。

 

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2022年10月に描いた絵

 2022年10月に描いた絵です。

 

 

 

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    屈む小吉。

    そのうち色付けしようと思っていましたが、できないのでひとまず出しておきます。

 

 

 

参考書籍

    マンガ『夢酔独言』を描くにあたって、特に参考にした資料をまとめました。各本参考ポイント解説付き。

    そのうち増えるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

・『夢酔独言 他』    平凡社 東洋文庫138    勝小吉 著 勝部真長 編

 

 

    主人公・勝小吉が書いた稀代の名著であり、マンガ『夢酔独言』の原作

    勝小吉が生まれるいきさつから、42歳で『夢酔独言』を書くまでを、本人の独断と偏見で綴っています。全編口語体

    小吉が若い頃慕った、平山行蔵先生について書いた『平子龍先生遺事』も収録。こちらはずいぶん堅い文章です。小吉が先生を初めて訪ねた時のエピソードや、先生から勉強を勧められて断る話など、マンガに登場するくだりがいくつかあります。

    勝小吉生涯年表や、男谷・勝家の家系図つき。

 

 

 

・『夢酔独言 現代語訳「勝小吉自伝」』    PHP研究所    勝部真長 編訳

 

 

    『夢酔独言』のみの収録。

    初めて『夢酔独言』を読むときは、是非とも原文をおすすめしますが、「読みにく過ぎて途中でやめた!」という方は、現代語訳をどうぞ。

    本所・浅草界隈の地図心影流の系譜などが載っていてお得。字が大きくて、すっきり見やすいです。解説文に、年表家系図といった定番セットももちろん完備。

    勝海舟が両親について記した文章も。

 

 

 

・『氷川清話』 講談社学術文庫1463 江藤淳 松浦玲 編

 

 

    麟太郎編の元ネタは、だいたいここからです。

 勝海舟へのインタビュー形式で構成されています。

 父親・小吉のエピソードも、ほんのちょっぴりですがあります。

 勝海舟に興味・関心はなくとも、人生訓には一読の価値あり。この世のだいたいのことに対して、不安や心配がブッ飛びます。

 『夢酔独言』を読んだ後だと、口調が親子そっくりで、ひっくり返りそうになります。

 

 

 

・『勝海舟』    筑摩書房    松浦玲

 

 

    分厚い本。なだけあって、勝海舟はもちろん、父親の小吉、麟太郎が幼い頃仕えた初之丞様、剣術の師匠・島田虎之助さん、本好き仲間の渋田利右衛門さん、佐久間象山先生など、勝海舟に関わる人物とのエピソードがいっぱい載っています。

 

 

 

・『勝小吉と勝海舟 「父子鷹」の明治維新』    山川出版社    大口勇次郎

 

 

    薄い本ですが、他の資料に載っていない、細かなエピソードが分かりやすくまとめられている、グッド資料。

 

 

 

 

・『F.ベアト写真集1 幕末日本の風景と人びと』    明石書店    横浜開港資料館 編

 

 

    タイトル通りの本。背景写真が充実しています。

    最初見た時、「ちょんまげの人の写真って、現存してるんかい…!」と衝撃を受けました。

   あと、 東海道の木がめっちゃデカいです。

 

 

 

・『新版 写真で見る幕末・明治』    世界文化社    小沢健志

 

 

    こちらは、人物の写真が充実しています。

    120ページに、磔(はりつけ)と晒し首の写真があるので注意。

 

 

 

・『勝海舟関係写真集』    出版舎 風狂童子    森重和雄 高山みな子 三澤敏博

 

 

    写真から銅像まで、さまざまな勝海舟が網羅されています。

    年表・家系図はもちろん、赤坂氷川の勝邸の間取りや、ゆかりの地の解説もあり、重度の勝海舟ファンなら手元に置いて損はない一冊。

 

 

 

・『そこにあった江戸 幕末明治寫眞圖會』 求龍堂  上條真埜介 編著 共同通信イメージズ 編集協力

 

 

 風景写真が豊富です。しかも1枚1枚が大きい!本自体もデカくて、ハードカバーです。

 江戸の具体的な場所や、町並みや河原など、ロケ地のバリエーションが豊かです。

 

 

 

・『復元 海舟傳稿』 けやき出版株式会社 水上寛裕 飯田溥

 

    瀧村鶴雄という人が記した『海舟伝稿』を、文面そのままで本に載せたものです。手書き文字を読むハメになります。

    勝小吉が存命の頃のことは、第一冊と、第二十六冊に載っています。「(海舟)先生出生ヨリ三十二歳追ノ間ノ事ハ自ラ記臆シテ物語ラレン」と書いてあるのに、三十二歳までのエピソードがほとんど白紙なのは弱りましたが…。

    麟太郎(勝海舟)が江戸城に行った話とか、家督を継いだ麟太郎の元に借金取りが押しかけた話は、ここに記されていました。ネタ元かな。

 

 

 

・『文政年間 國郡全圖』    近藤出版社    市川東谿 編    児玉幸多 解説

 

    文政年間に刷られた全国地図を、本にまとめたものです。小吉が訪ねたあちこちを、もっと詳細に把握したくて仕入れましたが…。

    言っても一つの国を一枚に収めているので、全然詳細じゃないんですよね。あと、乱丁本で越中が2つあって能登と越後が半分しかない…。

 でも、御願塚が載ってたり、縮尺がでかい故に各所の位置関係が分かりやすいのは嬉しいです。

 

 

 

2022年9月に描いた絵

 2022年9月に描いた絵です。とゆーか1枚しか描いてない。

 

 

 

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    栗の花と小吉です。

    栗の花の実物は見たことない。

    着物の柄は、お気に入りの印判皿より。麻の葉模様は、男物に用いられているのはほぼ見ません。