マンガで読める『夢酔独言』

マンガで読める『夢酔独言』

勝海舟の父親・勝小吉の自伝『夢酔独言』がマンガで読めるブログです。

勝小吉著・『夢酔独言』とは 冒頭文現代語訳

 勝海舟の父親・勝小吉および彼の自伝『夢酔独言』を後世に残すべく延々とマンガ化している当ブログですが、改めまして、『夢酔独言』入門として、原作『夢酔独言』と作者・勝小吉について冒頭文と現代語訳(意訳)を載せました。これから『夢酔独言』を読もうという方のお役に立ちましたら幸いです。

 

 

 

 

 

 

・『夢酔独言』とは

 

 勝海舟の父親・勝小吉が晩年綴った自伝。反省・教訓を交えつつ、自身の半生を記録している。文体は、全編口語体と文語体を混ぜた喋り言葉で構成されている。なお、小吉は21歳まで文盲だった。

 タイトルの『夢酔独言』は小吉の隠居後の名「夢酔」から取っている。原題は『鶯谷庵独言』。鶯谷庵という住まいで書いたため。書かれたのは、天保十四年(西暦1843)。

 

・勝小吉とは

 

  1802~1850。本名、勝左衛門太郎惟寅。「小吉」は通称。

 江戸生れの武士。男谷平蔵の三男で、妾の子。7歳の時、勝家に養子入りする。妻の信は勝家の娘で、2歳年下。

 5歳の時、近所の子供とのケンカで相手を流血させ、自分も怒った父親に下駄で殴られ、頭が陥没する。

 14歳の時、箱根まで家出して死にかける。具体的には、盗人に身ぐるみをはがされ、病気になり、崖から落ちて金玉を打った。

 21歳の時、長男・麟太郎を授かるが、妻の妊娠中二度目の家出しており、連れ戻されて座敷牢に入れられていた。息子が3歳の時、隠居して家督を譲ろうとしたが、父親に怒られて止めた。

 その他、馬鹿馬鹿しいエピソードには事欠かない。

 42歳の時、自伝『夢酔独言』を書く。1850年9月4日、49歳で死去。

 

 

 
・『夢酔独言』の内容と構成

 文庫本にして、約120ページ程度。冒頭数ページと最後の結びは教訓・反省文で、他は勝小吉の出生から順を追って、42歳で『夢酔独言』を書くまでの半生が綴られている。名目は「悪い手本」だが、本人の性格がにじみ出て、終始、武勇伝および自慢話になっいる。

 約20%がケンカ、10%が剣術関係、40%が人の世話、5%が吉原、10%が14歳の時の家出、残り5%が息子(後の勝海舟で構成されている。

 本人が一生無役だったため、武士の仕事の話は一切なし。江戸の町でヤンチャをしまくった末、世話焼きおじさんになったフリーターの回顧録

 

 

 

・冒頭文について注意

 

 『夢酔独言』本文は小吉の武勇伝として面白く読めるのですが、いかんせん、冒頭の数ページは、小吉の「よーし、今からお説教を書いてやるぜ!」という意気込みのせいで、文章が硬くて読みづらいです。

 なので、初めて『夢酔独言』を読まれる場合は、冒頭を飛ばして、「おれほどの馬鹿な者は世の中にもあんまり有るまいとおもふ。」から始まる、小吉が生まれてからのエピソードから読むことをおすすめします(平凡社 東洋文庫138 勝部真長編『夢酔独言 他』11ページ~)。

 しかしそれでは、小吉がせっかく書いた冒頭文が報われません。

 ここに原作冒頭文の引用と、はやおきによる意訳を載せておきます。

 

 参考文献:平凡社 東洋文庫138 勝部真長編『夢酔独言 他』5~10ページ

 

 

 

・『夢酔独言』冒頭

 

 

   鶯谷庵独言

 

 おれがこの一両年、始めて外出を止められたが、毎日々々諸々の著述・物の本・軍談、また御当家の事実、いろいろと見たが、昔より皆々名大将、勇猛の諸士に至るまで、事ゞに天理を知らず、諸士を扱ふ又は世を治むるの術、乱世・治世によらずして、或は強勇にし、或は法悪しく、或は奢り、女色におぼれし人々、一事は功を立つるといへども久しからずして天下国家をうしなゐ、又は知勇の士も、聖人の大法にそむく輩は、始終の功を立てずして、その身の亡びしためしをあげてかぞえがたし。

 和漢とも皆々天理にてらして、君臣の礼もなく、父兄の愛もなくして、どんよくきょうしや故に、全き身命を亡ぼし、家国もうしのふ事、みなゝゝ天の罪を受くる故と、はじめてさとり、おれが身を是までつゝがなくたもちしはふしぎだとおもふと、いよゝゝ天の照覧をおそれかしこみて、なかゝゝひとの中へも顔出しがはづかしくて、できずとおもふは。

 さりながら昔年、募悪の中よりして、多くの人を金銀をもおしまず世話をしてやり、又人人の大事の場合も助けてやつたから、それ故にすこしは天の恵があつた故、此よふに先あんのんにしているだろふとおもふ。

 息子がしつまい故に、益友をともとして、悪友につき合ず、武芸に遊んでいて、おれには孝心にしてくれて、よく兄弟をも憐、けんそにして物を遣ず、麁服をも恥じず、粗食し、おれがこまらぬよふにしてくれ、娘が家内中の世話をしてくれて、なにもおれ夫婦が少しも苦労のなゐよふにするから、今は誠の楽いん居になつた。

 おれのよふの子供ができたらば、なかなか此楽は出来まいとおもふ。是もふしぎだ。神仏には捨てられぬ身とおもふ。孫や其子はよくゝゝ義邦の通りにして、子々孫々のさかえるよふにこゝろがけるがいゝぜ。

  年八、九歳からは、外の事をすてゝ、学文して、武術に昼夜身を送り、諸々の著述本を見るべし。へたの学問よりはるか増しだから。女子は十歳にもなつたらば、髪月代を仕習つて、おのれが髪もひと手にかゝらぬよふにして、縫はりし、十三歳くらいよりは、我が身をひとの厄介にならぬよふもて、手習ひなどもして、人並に書くことをすべし。外へ嫁しても、事をかゝず一家を納むべし。おれが娘は十四歳のときから、手前の身の事は人の厄介になつたことはなゐ。家内じうのものが返て世話になる。

 男子は五体をつよくして、そじきをして、武芸骨をおり、一芸は諸人にぬきん出、ていをたくましくして、旦那の為には極忠をつくし、親の為には孝道を専らにして、妻子にはじあいし、下人には仁慈をかけて使ゐ、勤をば固くして、友達には信義をもつて交り、専らにけんやくしておごらず、そふくし、益友には厚くしたゐて道を聞き、師匠をとるなら、業はすこし次にしても、道に明らかにして俊ぼくの仁をゑらみて入門すべし。

 無益の友は交るべからず。多言をいふ事なかれ。目上の仁は尊敬すべし。万事内輪にして慎み、祖先をまつりてけがすべからず。勤は半時はやく出づべし。文武をもつて農事とおもふべし。少しも若いときはひまなきよふ道々を学ぶべし。ひま有時は外魔が入りて身をくずす中だち也。遊芸には寄る事なかれ。年寄は心して少しはすべし。過ればおのれのよふになる。庭へは諸木を植ゑず、畑をこしらい、農事をもすべし。百姓の情を知る。世間の人情に通達して、心におさめて外へ出さず守るべし。人に芸の教授せば、弟子を愛して誠を尽し、気に叶はぬものには猶々丹精を尽すべし。ゑこの心を出す事なかれ。万事に厚く心を用ひする時は、天理にかなゐて、おのれが子孫に幸あらん。何事も勤めとさらば、うき事はなかるまじ。

 第一に利欲はたつべし。夢にも見る事なかれ。おれは多欲だから今の姿になつた。是が手本だ。高相応に物をたくわいて、もし友達か親類に不慮の事があつたならば、おしまずほどこしやるべし。縁者はおのれより上のひとゝ縁組べからず。成丈ひん窮より相談すべし。おのれに勝るとおごりがつく。家来はびんぼう人の子をつかうべし。年季たちたらば分げんの格にして片付てやるべし。女色にはふけるべからず。女には気を付くべし。油断すると家を破る。世間に義理をばかくべからず。友達をば陰にて取りなすべし。常住座臥とも柔和にして、家事をおさめ、主人の威光をおとすことなし。聖賢の道に志して、万慎みて守るときは、一生安穏にして、身をあやまつことはなかるまじ。

 おれはこれからはこの道を守る心だ。なんにしろ学問を専要にして、能々上代のおしへにかのふよふにするがいゝ。随分、して出来ぬことはなゐものだ。それになれるとしまへにはらくに出来る物だ。けつして理外の道へいることなかれ。身を立て、名をあげて、家をおこす事がかんじんだ。たとへばおれを見ろよ。理外にはしりて、人外のことばかりしたから、祖先より代々勤めつゞいた家だが、おれひとり勤めなゐから、家にきづを付た。是がなによりの手本だは。今となり、醒めていくら後悔をしたからとて、しかたがなゐ。世間の者には悪輩のよふにいわれて、持つていた金や道具は貸し取りにあいて、夫をとりにやれば、隠居が悪法でこしらいた道具だからなに返すに及ばずといふし、金も又その心持で先がいるから、ろくに挨拶もせずによこさぬは。悟れば向ふが尤とおもふよい。かよふの事が出ても、人をばうらむものではない。みんなこつちのわるいとおもふ心がかんじんだ。怨敵には恩をもつてこたへば、間違はない。おれは此度も頭よりおしこめられてから、取扱のもの共をうらんだが、よくゝゝ考へて見たらば、みんなおれが身より火事を出したと気がつゐたから、まいばんゝゝゝゝ罪ほろぼしには法華経をよんで、陰ながらおれにつらく当たつたと、おれが心得違した仁々へは、立身するよふに祈つてやるから、そのせいかこのごろはおれの体も丈夫になつて、家内のうちになにもさいなんもなく、親子兄弟とも一言のいさかひもなく、毎日毎日笑つてくらすは、誠に奇妙のものだとおもふから、子々孫々とも、こふしたらよかろふと気がつゐた故に、ひまにあかして、折々書付た、善悪のむくゐをよくゝゝ味おうべし。

 恐多くも東照宮の御幼少の御事、数年の御難戦故に、かくの如くに泰平つゞき、万事きかつにうれゐわすれ、妻子をあん楽にすごし、且は先祖の勤苦おもいやるべし。夫より子孫はふところ手をして、先祖の貰つた高を取うけて、昔を忘れて、美服をき、美味をくらいうし、ろくの御奉公をも勤めざるは、不忠不義不孝ならずや。こゝを能おもつて見ろ。今のつとめは畳の上の仕事だから、少しもきづかいがないは。万一すべつてころぶくらいの事だ。せめては朝は早く起きて其身の勤にかゝり、夜は心を安くして寝て、淡白のものを食し、おごりをはぶいて諸道に心をつくし、不断の着類は破らざれば是として、勤の服はあかのつかざれば是とし、家居は雨もらざればよしとし、畳きれざれば是として、専らに倹素にして、よく舵をおさめ、勤めつき合には身分に応じて事をすべし。なんぼけんやくをすればとて、吝嗇はすべからず。倹、吝の二字を味おふてすべし。数巻の書物をよんでも、心得が違ふと、野郎の本箱字引になるから、こゝは間違はぬよふにすべし。武芸もそふだ。ぶこつの業を学と、支体かたまりて、野郎の刀掛になる故、其心すべし。

 人間になるにも其通りだ。どんよく迷ふと、うはべは人間で、心は犬猫どふよふになる。真人間になるよふに心懸るが専一だ。文武諸芸みなゝゝ学ぶに心用いらざれば、不残このかたわとなる。かたわとなるならば学ばぬがましだ。よくゝゝこの心を間違はぬよふに守が肝要だ。

 子々孫々ともかたくおれがいふことを用ゆべし。先にもいふ通り、おれは今までも、なんにも文字のむづかしい事はよめぬから、こゝにかくにもかなのちがひも多くあるから、よくよく考えてよむべし。

 

 天保十四寅年の初冬、於鶯谷庵かきつゞりぬ

   

   左衛門太郎入道 夢酔老

 

 

 

 ・冒頭文意訳

 

 

 おれがこの一、二年、初めて他行留(=外出禁止の罰)を食らってから、もろもろの著述本から、軍談、徳川御当家についての記録まで、毎日いろいろな本を読んだ。

 昔から、名大将、勇猛の士に至るまで、人や世を治めるにつけ、道理を知らない。あるいは強引に、あるいは悪法を使い、あるいは奢り、女色に溺れた人々は、一時は功を立てたとしても、いつか天下国家を失う。これは乱世・治世にかかわらぬ。また、知勇の士も、聖人の大法にそむく輩は、決して功を立てられず、その身を滅ぼすものだ。

 日本だろうが清国だろうが、君臣(君主と臣下)の礼もなく、父兄の愛もなくして、貪欲驕奢(おごりたかぶる)故に、身命家国も失うのは、天の罰を受けた故だ。

 おれはこれのことを初めて知った。それを思うと、このおれの身がこれまでつつがなく保てたのも不思議だよ。おれの悪行をお天道様が見ていたと思うと、なかなか人の中へ顔を出すのも恥ずかしくって、できねえと思うわ。

  とはいえ、かつて誘惑の多いなかで、多くの人を金銀も惜しまず世話をしてやり、また大事の時も助けてやった。それで少しは天の恵みがあった故、このようにひとまず安穏にしているんだろうぜ。

 息子は真っ当なものだ。良い友達を持ち、武芸に遊んでいて、兄弟の面倒も見、倹素にして物を使わず、粗末な服でも恥じず、粗食をし、おれには孝行して、困らぬようにしてくれる。

 娘が家中の世話をしてくれて、おれ夫婦が少しも苦労のないようにするから、今は誠の楽隠居になった。

 おれのような子供が出来たらば、なかなかこの楽はできまいと思う。これも不思議だ。神仏には捨てられぬ身とさえ思う。孫やその子はよくよく義邦(息子・麟太郎のこと)の通りにして、子々孫々の栄えるよう、心掛けるがいいぜ。

 八、九歳からは、他のことは捨てて、学問して、武術に昼夜身を送り、いろいろの著述本を見るべし。読書は、下手な学問よりはるかマシだ。

 女子は十歳にもなったらば、髪月代の仕方を習って、自分の髪も結えるようにして、裁縫をし、十三歳にもなったらば、我が身を人の厄介にはならぬつもりで、手習いなどもして、人並みに字を書くことをすべし。外へ嫁いでも、事欠かず一家を治めること。おれの娘は十四の時から、自分の身のことは人の厄介になったことはない。家族じゅうがかえって世話になる。

 男子は五体を強くして、粗食をして、武芸に骨を折り一芸は人より抜きん出、旦那(将軍)のためには忠義を尽くし、親のためには孝行、妻子には慈愛、下人には仁慈をかけて使い、勤めは固く、友達には信義を持って交わり、倹約しておごらず、粗服し、益友にはあつく慕って道を聞くべし。師匠を取るなら、技は少しまずくっても、道理を心得た俊朴な人を選んで入門すべし。

 無益の友と交わるべからず。何でも心におさめて、多言を言うことなかれ。

 目上の人は尊敬すべし。先祖を祭りて汚すべからず。

 勤めには半時(約一時間)早く出るべし。

 文武を勤めと思え。

 若い時は、少しも暇のないよう道々(道理、学問、武芸他)を学ぶべし。暇ができると誘惑が入って身をくずす。遊芸には近寄ることなかれ。年寄りは気を付けて少しはすべし。やり過ぎるとおれみたいになる。

 庭には木など植えず、畑をこしらい、農事をすべし。百姓の情がわかる。

 世間の人情をよく知り、しかし心におさめて外へは出さず守るべし。

 人に芸を教える時は、弟子を愛して誠を尽くせ。思うようにいかぬ者には、いっそう真心を尽くすこと。えこひいきをしてはならねえよ。

 何事も、あつく心を用いれば、天の道理に叶い、子孫の幸いとなるだろう。それを勤めと思えば、心配することはない。

 第一に利欲は断つべし。夢にも見ることなかれ。おれは多欲だから今の姿になった。これが手本だ。

 高(収入)相応に物を蓄えて、もし友達か親類に不慮の事があったらば、惜しまず施してやるべし。

 縁組は自分より上の人を選ぶべからず。なるたけ貧窮の家と相談すべし。こちらより勝っていると驕りがつく。家来は貧乏人の子を使うべし。長く勤めてくれた者は、それなりの格にして片付けて(処遇して)やるべし。

 女色にはふけるべからず。女には気を付けるべし。油断すると家を破る(家計が破綻する、あるいは家庭崩壊)。

 世間に義理を欠くべからず。

 友達を陰で取りなすべし。

 いつも柔和に、家事(家のいろいろなこと)をおさめ、主人の威光を落とすことのないように。

 聖人、賢人の道を志し、それを守るならば、一生安穏にして、間違いを犯すことはない。

  おれはこれからはこの道を守るつもりだ。何にしろ学問を最優先にして、よくよく昔からの教えにかなうようにするがいい。ずいぶん、して出来ぬことはないものだ。慣れると、しまいには楽に出来るようになる。

 決して理外の道へ入ることなかれ。身を立て、名を上げて、家をおこすことが肝心だ。

 例えばおれを見ろよ。理外に走りて、法外なことばかりしたから、祖先より代々勤め続いた家だが、おれが一人勤めないから、家に傷をつけた。これが何よりの手本だわ。今になって、目が醒めていくら後悔したとて、仕方がない。世間の者には悪輩(悪者)のように言われて、持っていた金や道具は質屋に取られて、それを取りにやれば、「隠居(小吉のこと)があくどい手段でこしらえた道具だから返すことはない」と言われるし、金を貸してやったやつらもそのつもりだから、ろくに挨拶せず、返しもしねえ。

 だが、向うがもっともだと思うがいい。そのようなことがあっても、人を恨むものではない。みんなこっちが悪いと思う心が肝心だ。恨めしく思う相手には、恩情をもって応えれば、間違いはない。おれはこの度も頭(かしら)よりおしこめられてから、取扱(とりあつかい=上官)の者どもを恨んだが、よくよく考えたら、みんなおれが身より出した火事だと気が付いた。

 それからは、毎晩罪滅ぼしには法華経を読んで、おれにつらく当たったとおれが心得違いした人々に、陰ながら祈ってやっている。

 そのせいか、この頃はおれの身体も丈夫になって、家族に何のいさかいもなく、毎日毎日、笑って暮らしているよ。誠に奇妙のものだが、子々孫々とも、こうしたらよかろうと気が付いた。

 おれが折々書きつけた、善悪の報いをよくよく味わうべし。

 恐れ多くも東照宮様(徳川家康)のご幼少の頃の苦労、長年にわたっての戦があって、今のような泰平の世が続いているのだ。飢渇(きかつ=飢えや渇き)に憂うことを忘れ、妻子とも安楽に過ごしているだろう。先祖の苦労を思いやるがいい。それを子孫は懐手(ふところで=懐に手を入れる→他人に任せて自分では何もしないこと)をして、先祖が得た報酬を譲り受けて、昔を忘れて、美服を着、旨い物を食い、それでいてろくにご奉公も勤めないのは、不忠・不義・不孝というものだ。ここをよく考えろ。

 今の勤めは畳の上の仕事だから、少しも心配することはねえ。まんいち、滑って転ぶぐらいのことだ。

  せめては朝は早く起きておのれの勤めにかかり、夜は心静かに眠り、淡白なものを食し、驕りを省いていろいろな道に精進しやれ。

 普段の着物は破れなければよし、勤めの服は垢が付かなければよし。家は雨漏りがなければよし、畳は擦り切れなければよしだ。もっぱら倹素にして、よく家のことを治め、勤め・付き合いは身分に応じてするがいい。

 いくら倹約するといったって、吝嗇(りんしょく=ケチ)はいけねえよ。倹約とけちを間違えねえように。

 たくさんの本を読んだって、心得が違うと野郎の本箱字引(知識ばかりで役に立たない)になるから、そこを間違わぬようにすべし。武芸もそうだ。無骨(ぶこつ=役に立たない)の技を学ぶと、肢体が固まって、野郎の刀掛け(武道において、役に立たないこと)になる。

 人間についても、その通りだ。貪欲迷うと、うわべは人間でも、心は犬猫同様になる。真人間になるように心掛けるが専一だ。文武諸芸とも、学ぶのに心を欠けば、残らず中途半端になる。それなら学ばぬがましだ。よくよくこの心を間違わぬよう、守るべし。

 子々孫々とも、固くおれが言うことを用いるべし。前に書いたとおり、おれは今だって、難しい字は何にも読めぬ。ここに書くにも、仮名の違いも多くあるだろう。よくよく考えて読むんだぜ。

 

 天保十四年の初冬、鶯谷庵にて書き綴る。

 

   左衛門太郎こと、夢酔。

 

 

 

・補足

 

 

 この一連のくだりは、マンガ『夢酔独言』百三十二話にまとめてあるので、よければご覧ください。

musuidokugen.hatenablog.com

 

 原作『夢酔独言』を読むにあたって、読みにくい字、分かりにくい用語、お金の円換算などは、こちらにまとめてあります。

musuidokugen.hatenablog.com

 

 

 

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マンガ『夢酔独言』 十六話「侍の馬乗り」

  勝小吉自伝『夢酔独言』より、小吉14歳、一度目の家出エピソードその4です。

 江戸を出て一人で上方を目指す小吉。伊勢神宮まで行きましたが、府中まで戻ってきました。

 侍の、馬の稽古にでくわした小吉。小吉は武士の子ですが、家出中&襦袢(下着)姿&旅汚れで誰もそうとは思ってくれません。頼み込んで稽古の見学をさせてもらいますが、このあと失礼をはたらき、追い出されてしまいます。その時、小吉がとった行動は…。

 

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度九郎さん

※このページはカラーイラスト収納場所です。新しいのが、上に来ます。

 

 

 


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度九郎さん(2022,5,4)

 『童謠妙々車』より、登場人物の一人、度九郎さんです。着物の柄が描きたかっただけの絵。

 度九郎さんは月代を剃らずに伸ばしているヘヤースタイルなのですが、月代状態では鬢(側頭の生え際のとこの髪)も剃るため、そこが伸びてライオンのタテガミみたいになっています。

    元絵は右。

    色つけはコピックです。

 

 

 

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虎の褌(2011,2,3)

 着物の下から褌が透けて見えている…という絵のつもりでしたが、着物というのは中で重なっているので上からだと全然見えんということに途中で気付きました。

 コピックで塗りました。

 

 

 

 

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寅年の絵(2021.12.28)

    2022年は寅年ということで、名前に虎がついている島田虎之助さんです。

 2022年は勝小吉生誕220年の年なので、小吉でもよかったですね。四隅の字も、「謹賀新年」とかにすればよかった。

 去年末の段階で描いてて偉い。

 

 

 

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雪に柴垣(2021.12,5)

 袖をメインにした図です。

 右側から描きましたが、左側の雪の描写が上手くなっているので、右側のイマイチさが気になります。

 

 

 

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ガオーとする小吉(2021,11,26)

 コモドオオトカゲ(恐らくこの頃はまだ発見されていない)の真似をする小吉と、そんな父親を見る麟太郎です。

 

 

 

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ニットマン(2021,11,15)

 アラン&ガンジー模様のニットを描きたかった絵です。

 アラン模様ガンジー模様は、それぞれ編み物の技法を指し、色ではなく、編み目の種類で模様を編み出します。はやおきはこの技法が好きなのですが、自分では作りません。完成させるのに半年くらいかかるから。

 人の部分は、誰か架空の人にしようとしたのですが、顔面が小吉になってしまって困ったので、帽子をかぶせたり、前髪を長くして誤魔化しました。

 

 

 

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日焼け(2021.10.2)

    日焼け跡の見せ合いっこ。

    左が忠次郎で、右が小吉です。

    小吉は夏休み中、現代へ行ってきたようです(※江戸時代に夏休みはない)。

    コピックで色を塗りました。

 

 

 

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水彩画風の塗り方(2021,9,22)
 

 昔の外国の絵本にあるような、水彩画っぽい色塗りが好きなのです。ピーターラビットみたいな

 はやおきは水彩画の勉強をしなかったので自己流です。今回初めてやりました。

 あと、本来の色には無いが緑とか入れるのも好きなので、黄色やら青とともに使ったら、喉元が虹色になるという事態になりましたが…。

 顔面は鏡を見ながら描いたのでそこそこリアルですが、月代部分は分からんので、フワフワした描写になっています。

 

 


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藍摺風の小吉(2020,8,18)

 

 浮世絵に「藍摺(あいずり)」というのがあって、名前の通り藍色を基調としたものです(ポイントに赤や黄色を使う場合もある)。

 毎度スキャンすると淡い色がトんで弱っていたのですが、試しにスキャンする際の解像度を上げたら、写りました。

 

 

 

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ワニ(2020,8,13)

 

 ワニです。

 この絵は何かというと、身内に頼まれて描いたのですが、横長のこのサイズということで、「横長の構図ならワニ」ということで、ワニです。

 模様は、手持ちの型紙摺印判から取りました。動物のボディーに人工の模様が付いてるのが好きなのです。

 

 

 

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浮世絵風の女性(2021,7,7)

 

 国貞先生(歌川国貞)の春画に出てくるような女性です。

 襟は起毛素材です。

 この絵はめちゃくちゃ失敗でした。これをいいと思って時間や絵の具を使っていたかと思うと、恥ずかしいです。

 

 

 

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七夕の夕暮れ(2021,7,7)

 

 七夕を描いた浮世絵を見ると、笹飾りが10メートルはあるんじゃないかって高さで描かれています。そんな時代のワンシーンです。実際はどうだったか知らない。でも、そんなに背の高い笹飾りがニョキニョキ立ってる風景は、迫力があっただろうなぁと思います。

 小吉の着物コーデネイトは、総絞りの襦袢(インナー)に牡丹に霞の浴衣、星座の帯です。

 

・オマケ

 江戸時代の七夕の絵。『童謠妙々車』より。

 枠に星座が描いてあります。

 昔は、七夕は雨の方がおめでたかった(織姫と彦星が会えた嬉し涙という解釈)んだそうです。でも、雨が降ったら、短冊がベチャベチャになりそうだ。

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褌に草履の立ち姿(2021,6,18)

 

    浮世絵っぽい体型と描き方の絵です。

    浮世絵は主線が黒ではなく、髪の毛や黒い着物が一番黒くなります。

 

 

 

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『小吉の女房2』見てね!の絵(2010,4,4〜5,16)

 

    金曜日にドラマを観て、日曜日の再放送に向けて描いたものです。

    スキャンすると色がトぶので、写真です。    

 

 

 

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屈強なメイドさん(2021,5,12)

 

    何を思ったか、メイドの日に描いたメイドさんの絵です。

    ほとんど小吉。

    コピック(マーカーと筆ペンの間みたいな画材)で塗りました。

    洋服描くのは苦手なんだ…。

 

 

 

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江戸時代のサンタ装束(2020,12,25)

    珍しく、時事に合わせて絵を描きました。

    モノクロの方も載せたけど、塗った後チョイと加筆しました。

 

 

 

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月代でない島田虎之助さん(2020,9,14)

 

 試みに描きました。

 顔面は鏡を見ればだいたい分かるのですが、髪の塗り方が分からんので、テキトウになっています。

 コピック(色マーカーみたいなもの)で 色付けしたのですが、気付いたらいっぱいインクが付いていました。飛んだのかな。

 

 

 

※続きは、過去に描いた絵です。

 

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2022年3月に描いた絵

 2022年3月に描いた絵です。

 ここしばらく一枚絵を描いていなかったのですが、この度はやおきが労働先をクビになりまして、宣告を受けて一ヶ月くらいは「もう駄目だ!」といつものごとく落ち込んでいましたが、いざ労働期間が終わると自由を謳歌し始め、(比較的)いっぱい絵が描けました。

 それはそうと、来月から別の場所で労働します。気分的には一ヶ月ぐらいブラブラしたかったのですが、インターネットでネガティヴな情報ばっかり摂取して、ビビッて真面目に就職活動してしまいました。

    新しい絵が、上に来ます。

 

 

 

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    マンガ『夢酔独言』主人公の小吉です。

    はやおきは勝小吉が大好きなので、今でも、他のものを描くときより20割増しくらい楽しいです。

 

 

 

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    マンガ『夢酔独言』に登場する学者さん達です(学者の定義が怪しいですが)。

    1枚目から、佐久間象山先生、永井青崖先生、都甲斧太郎先生、勝麟太郎

 

 

 

『小吉の女房2』最終回「麟太郎、妻をめとる」感想&解説

 土曜時代ドラマ『小吉の女房二2』の地上波放送が始まったので、BS放送当時に描いた感想&『夢酔独言』的解説記事を公開し直します。内容はBS放送時のものです。ネタバレがおおいにあるので、ドラマを観た後で読んでくださいね。 第七回「麟太郎、妻をめとる」は、3月12日土曜日18:05~、NHK総合にて放送です! 

 

 

 

 勝海舟の父・小吉の妻のお信を主人公にしたドラマ『小吉の女房2』。この記事では、ドラマの感想と、はやおきの持てる勝小吉および勝海舟絡みの知識をつぎ込んだ解説をいたします。

 ネタバレあり。

 なお、ここに記す内容およびセリフは、はやおきのメモおよび記憶から持ってくるため、うろ覚えです。

 

 

 

 

 

 

・最終回「麟太郎、妻をめとる」あらすじ

 

お民(大西礼芳)が芸者をやめ家業の炭屋の手伝いに。麟太郎(稲葉友)との恋を諦めて嫁に行くと言う。本当は身分違いの恋に悩んだ末の苦渋の決断だったが、麟太郎は、お民の真意を掴みかねて悩んでしまう…。そんな頃、伝馬町の牢が火事になり、弾圧を受け牢に入れられていた蘭学者高野長英山口馬木也)が勝家を訪ねてくる。お信(沢口靖子)と小吉(古田新太)は、自分たちもお咎めを受ける危険を冒して長英をもてなす。

※NHKホームページより引用

 

 

 

・感想

・お民さん(文吉さん)との結婚の道がやたらと遠い

 

・石川太郎左衛門の悪者&報われなさがよい

 

・要所要所でいい感じのことを言う小吉だが、勝家が貧乏だったりするのは、元はと言えば小吉のせいじゃないのか…

 

 

・解説

 

 時は天保十五年(西暦1844)6月。

 お信沢口靖子さん)41歳、小吉古田新太さん)43歳 、麟太郎稲葉友さん)22歳、お順稲垣来泉さん)9歳です。

  

 冒頭、久々登場の小吉の兄嫁・お遊さん(高橋ひとみさん)が、麟太郎に縁談を持って来ます。それに対し、小吉・お信夫婦は「考えたことなかった」と口をそろえます。

 

 実際の小吉と信は、小吉が7歳の時(信は5歳)、家に養子入りして(信の父であり当主だった甚三郎という人がなくなり、勝家にはお婆様と信しかいませんでした)、その流れで夫婦になったようです。お遊さんは、小吉の実兄の兄嫁でした。

 

 帰宅した麟太郎に縁談を持ちかけると、芸者の文吉さん(大西礼芳さん)に恋心を抱いていた麟太郎は、「御番入(ごばんいり…就職)がまだだから」ともっともらしい理由をつけて断ります。「御番入を待ってたらいつまでたっても結婚できない」などと言い返す小吉、生涯御番入出来なかっただけあって、説得力抜群です。

 

 それはさておき最近めっきり文吉さんと会えなくなってしまった麟太郎、「病にでもなったんじゃないか」と発想を飛躍させ、文吉さんが出張していた料理屋の女将に文吉さんについて聞くと、文吉さんはよそへお嫁に行くことが決まったと聞かされます。

 

 家へ帰り、庭先であからさまに落ち込む麟太郎。「文吉さんのこと…?」とお信、何でもお見通しです。

 

 

 

 そんなある夜、伝馬町牢屋敷では、近所で火事が発生し、消火活動のため、囚人たちが一時的に解放されます(3日以内に戻ればセーフなルールだったようです)。

 その中には、蛮社の獄天保十年)で投獄されていた、高野長英がいました。

 麟太郎(後の勝海舟)は『氷川清話』で、

 

 …高野長英『夢物語』を書き、(中略)。その趣意は、今モリソンが我邦へ来るのを打ち払って(1840年モリソン号事件を指す)国家のためにならぬ、ことに国も貧弱で準備もないところで戦争をなすってもとても勝算はないということを上書でなく『夢物語』に書いて、これを同志に示した。(中略)幕府においてもそういうことを書いては人心を動揺するにより、彼らを捕えた。

※はやおきによる現代仮名遣いで引用

 

と言っています。

 

 都甲斧太郎先生(風間杜夫さん)曰く、「オランダ語にかけては右に出るものがいない」蘭学者高野長英さんですが、勝家を訪ねて来ます。

 ドラマでは和やかに都甲先生お手製の蕎麦ビール高野長英さん著『救荒二物考』を参考に作ったのだとか)を飲んだりしていましたが、高野長英さんが麟太郎を訪ねたエピソードは、『氷川清話』勝海舟が語っています。

 

高野長英さんについては、こちらのページに詳しく書いています↓

musuidokugen.hatenablog.com

 

 勝海舟曰く高野長英さん死の一ヶ月前、嘉永三年(西暦1850)10月のことで、麟太郎は当時28歳、夢酔(小吉)の死後一ヶ月が経っていました。

 

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 夢酔(小吉)、死んでる。

 

 

 さて、半脱獄囚(三日以内に戻ればセーフ)の高野長英さんを「みんなが寝てる間に出て行けばギリギリOKじゃねーの?(意訳)と小吉が送り出してから数日後…。

 

 お信が久しぶりに本所へ行くと、文吉さんことおさんが実家の薪炭で働いていました。お信が話を聞くと、「お客さんに身の丈に合わないと言われ、目が醒めました」とお民さん。そのお客とは小吉の因縁の相手(子供の頃木刀でボコボコにして泣かせた)石川太郎左衛門高橋和也さん)だったのです。

「勝は貧乏とはいえご直参(旗本・御家人のこと)…それよりわしの世話になれ」とキモ…支離滅裂なことを言う石川太郎左衛門。オメーも直参じゃねーのかよ。

 

 帰宅し、一部始終を小吉に話すお信。何でもお見通しのお信と違い、小吉は麟太郎の恋心について、今聞いて知ったっぽいリアクションです。

 裏で石川太郎左衛門が関わっていると勘づく小吉、身分違いは書類上釣り合ってればOKと、お民さんを、入江町でお世話になっていた地主の岡野家の養女にすることを提案します。これは、実際そうしたようです。

 

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 夢酔(小吉)、生きてる。

 

 

 

  身分の違いもサクッと解決(見込み)したところで、本所のおさんの実家へ押しかける麟太郎。「妻に迎えたい」と言う麟太郎に、「もっとふさわしい人が…」「年上だし…芸者だし…」とこの期におよんで渋るお民さん。麟太郎も一人称を「私」から「俺」にチェンジし、「親子そろって無役だし、蘭学もするけどどうなるかわからない」と、ネガティブキャンペーンで迎え撃ちます。「親子そろって無役」は、言葉にするとかなりキツイものがありましたが、ようやくお民さんも折れて、「一年待てたら結婚してやるよ」的な返事をくれます。

 

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漫画では、この辺は麟太郎が言っています。

 

 

 

  同天保十五年9月この解説では今までいっさい触れられなかった町奉行鳥居耀蔵さんが失脚。鳥居さんを出世のアテにしていた石川太郎左衛門はガッカリします。

  『小吉の女房』では、一貫してちっちゃい悪だくみをしてはすぐ破綻する石川太郎左衛門でしたが、善人ばかりの登場人物の中で異彩を放っていて、個人的には、だんだんと出番が楽しみになっていたキャラクターでした。

 『夢酔独言』では序盤に小吉に泣かされてから二度と登場しませんでしたが、夢酔(小吉)は彼についてこうまとめています。

 

今は石川太郎左衛門とて御徒頭を勤めているが、古狸にて、今に何にもならぬ、女を見たような馬鹿野郎だ。

 

 ひどい言われようです。

 

 

 

 さて、西暦1845年12月、元号天保から弘化へ変わり、翌年9月、麟太郎とお民さんは夫婦になりました。

 お民さんの養父となった岡野孫一郎さんも、久々の登場です。天保三年に家督を継いだ時14歳(『夢酔独言』によると)ですから、弘化二年現在27歳、実はお民さんとは2歳しか離れていないのです。若い。

 麟太郎の祝言には、巾着切りの銀次を始め品用師の斎藤監物、道具屋の長兵衛さんに茶屋のおさんまで、『小吉の女房』出演の皆さんが勢ぞろいしました。

 「勝家も何とかなりそうだな」と、いい感じだけどテキトーなセリフを吐く小吉。小吉がもっと頑張ってたら、勝家も貧乏じゃなかったし親子そろって無役じゃなかったんだんだけども…。

 

 

 

 麟太郎夫婦は、翌年春、虎の門の小吉・お信夫婦の元を離れ、赤坂へ移住します。兄との別れを惜しむ妹のお順でしたが、実際は麟太郎夫婦と赤坂で同居していたようです。

 赤坂には麟太郎の蘭学の師匠・永井青崖先生が居たんですが、ドラマではいっさい触れられませんでした。都甲先生の存在がかすむものね。

 あと、麟太郎にはもう一人妹がいました。はなといって、麟太郎とは5歳ほど年が離れていました。こちらは小吉夫婦と同居していたらしく、『夢酔独言』で「娘が家内中の世話をしてくれて、何もおれ夫婦が少しも苦労のないようにするから、今は誠の楽隠居となった」と書いています。

 

 それから、麟太郎と夫婦となったおさんですが、麟太郎にむちゃくちゃ浮気されまくって、「夫と同じ墓には入りたくない」とまで言い残しましたが、それはまた別のお話。

 

 

 

 毎回ヒーヒー言いながら書いた『小吉の女房』シリーズの記事も、これでおしまいです。次回は『夢酔独言』もしくは小吉を主人公にした作品解説で再会したいものです。

 アディオス(スペイン語)!

 

 

 

『小吉の女房2』 第六回「小吉、贋(にせ)金づくりの友になる」感想&解説

 土曜時代ドラマ『小吉の女房二2』の地上波放送が始まったので、BS放送当時に描いた感想&『夢酔独言』的解説記事を公開し直します。内容はBS放送時のものです。ネタバレがおおいにあるので、ドラマを観た後で読んでくださいね。 第六回「小吉、贋(にせ)金づくりの友になる」は、2月26日土曜日18:05~、NHK総合にて放送です!

 

 

 

 勝海舟の父・小吉お信を主人公にしたドラマ『小吉の女房2』

 この記事では、ドラマの感想と、はやおきの持てる知識による解説(前々々回くらいまでは勝小吉自伝『夢酔独言』的解説をしていたのですが、小吉の人生も晩年に近づき、ドラマの内容が『夢酔独言』と関係なくなってきたので)をお送りします。

 ネタバレあり。

 なお、解説中のセリフはうろ覚えです。

 

 

 

 

 

 

・第六回「小吉、贋金づくりの友になる」あらすじ

 

天保の改革が吹き荒れる江戸の街。お信(沢口靖子)と小吉(古田新太)の気づかぬ間に、麟太郎(稲葉友)は芸者・お民(大西礼芳)と人知れず恋を育んでいた。そんな頃、小吉は錺(かざり)金具師(かなぐし)の仙太(本田大輔)と知り合う。仙太は幕府の通貨政策に不満を抱き、自分の技術を活かして秘かに贋金を作っていた。仙太に役人の手が迫ってくる。そして、天保の改革も幕閣の失脚であっけなく幕を閉じることに。

※NHKホームページより引用

 

 

 

・感想

 ・佐久間象山先生登場。若い。

 

・巾着切りの銀次が本領発揮

 

・小吉、ついに『夢酔独言』を書く

 

 

 

・解説

  時は天保十四年(西暦1843)夏。お信沢口靖子さん)40歳、小吉古田新太さん)42歳、麟太郎稲葉友さん)21歳、お順稲垣来泉さん)8歳です。

 

  家の縁側で、「被下」と書かれた紙を眺める小吉お信越前和紙に楷書(書)で書かれた「被下(くだされ)」と書いて、「越前守(水野忠邦天保の改革をおし進めた)」死んでくだされ」という意味らしいです。何て入り組んだ洒落だ…そしてめちゃ怖い。

  この「被下」と書いて「くだされ」と読ませるのは当時わりと浸透していたのか、『夢酔独言』でも、この言葉が登場します。

 

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 ※21歳の時の2度目の家出の際、修行のためと大嘘をついて、箱根の関所を通してもらうくだりです。「おれは殿様だから」じゃねえ。何言ってんだ。

 

 

 

  一方。島田虎之助さんの道場での小吉の息子・麟太郎。この頃麟太郎は直新影流免許皆伝となっていましたが、何故か一人で稽古しています。外出から戻ってきた島田さんに「私では稽古の相手にならないからでしょう」と言う麟太郎ですが、島田さんは、蘭学を学んでいる麟太郎を避けているのだと見抜きます。

 このことは麟太郎(後の勝海舟)自身が、

 

吾輩和漢の文を読習し初めしは、天保十三年壬寅の秋ごろ成りしに、此ころ少しく解し得たるものあるに似、いとた易き文など書き試むれば世人甚恐れ…

 

 と書き残しています。

  なぜ蘭学をやってると「世人甚恐れ」るのかというと、幕府によって取り締まられていたからのようです。

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※マンガ『夢酔独言』だとこの辺

 

 では島田虎之助さんはどうだったかというと、そもそもは出世のあてがなく剣術一本に打ち込んでいた麟太郎に、初めに蘭学を勧めたのは他でもない島田さんなのです。

 

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 ※「歳を取り過ぎたから剣術以外の道へ踏み込めない」とかいったセリフは、実際言っていたようです

 

 麟太郎蘭学の師・都甲斧太郎先生(風間杜夫さん)と勝家に帰宅すると、変な人佐久間象山先生)が。

 佐久間象山先生は小吉より9歳年下の31歳なんですが、ドラマでは心なしかさわやか好青年みたいなビジュアルです(ヒゲ生えてるけど)。

 この佐久間象山先生、嘉永五年(西暦1852)、42歳の時に、麟太郎の妹・お順と結婚しています。お順はこの時17歳。年の差25歳です。

 松浦玲著『勝海舟によると、「麟太郎の母親が男まさりの字を達者に書く女丈夫で、この人が象山を気に入って貴方なら娘を差し上げても良いと言ったという。」

 お信のお墨付き(字が達者だけに)だったようです。マジか…。自分の夫が無学なのがそんなにイヤだったのか…どうかは分からないけども…。

 

 象山先生、「孫子の兵法では西洋に勝てぬ」と言っていましたが、物識りなもんで、「漢学者が来ると洋学をもっておどしつけ、洋学者が来ると漢学をもっておどしつけ」『氷川清話』より)といった具合だったようです。あと、後年の勝海舟にめちゃくちゃ悪口言われてる

 ちなみに、「海舟」という号は、象山先生が書いた「海舟書屋」という書を、麟太郎が気に入ってつけたそうです。麟太郎、悪い意味で発想が柔軟です。

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※漫画では蘭学者の麟太郎を漢学をもっておどしつける佐久間象山先生
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 後日、巾着切りの銀次と町を歩く小吉

 ここからノースリーブの金具師・仙太と出会い、ストーリーが展開していくのですがそこはドラマオリジナル展開なのですっ飛ばして(一応当時の貨幣事情について早口で解説すると、幕府は元禄以来、改鋳=小判のリニューアルをするたびに、小判に含有される金の量を減らして小判の価値を下げ、インフレを引き起こしていました。天保の改革では、幕府は庶民の贅沢を取り締まりましたが、幕府による小判の改悪も、要因のひとつだったのです。一方、幕府側は旧小判と新小判を交換した際の差額を、利益としてい懐に入れていました)、天保の改革は、水野忠邦の失脚によって幕を下ろしました。

 

 

 

  この間、相変わらず箸が転げても文吉さん(大西礼芳さん)を連想して挙動不審になる麟太郎を挟みつつ、小吉がついに自伝『夢酔独言』を書きます。

※実際は天保十四年初冬に書いたらしいですが、そんな細かいことは気にしないでください。

 

 珍しく筆を執る姿に、家族から病気を疑われる小吉ですが …。

 

  お信が読み上げた『夢酔独言』の本編冒頭部分がこちら。

 

 おれほどの馬鹿な者は、世の中にもあんまり有るまいと思う。故に孫や曾孫のために、話して聞かせるが、よくよく不法者、馬鹿者のいましめにするがいいぜ。

 

 

 

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※原文に限りなく近い文面はこちら

 

 

 

 はやおき、号泣です(まあ、BS放送は実家でしか観られないので、実家のリビングでこっそりですけども…)今も文章打ちながら泣いてる。

 『夢酔独言』は、はやおきにとって邪馬台国であり、ツチノコなのです。日々追い求めているけども、存在がマイナーなもんで、 時々むなしくもなる。しかし今日、その文章が他人によって読み上げられ、実在が証明された感動…!!前から実在してたんだけどね!

  

 

 

 

 

  それはさておき、

最終回「麟太郎、妻をめとる」は、5月14日(金)、NHKBSプレミアムにて放送です!

 あらすじはこちら↓

www.nhk.jp

 

 

 

 ようやっと、マンガ『夢酔独言』に出てくるエピソードが登場しそうです。

 

musuidokugen.hatenablog.com

 ↑麟太郎の結婚エピソード。意味的には「麟太郎、妻を娶る(めとる)」なんだけども、はやおきが「娶る」を読めなくて「取る」にしたのです。お陰でサブタイトルがカブらなかったぜ!

 

 

musuidokugen.hatenablog.com

 ↑次回あらすじに名前がある高野長英さんが登場します。冒頭から、夢酔(小吉)が死んでるけど気にしないでください。小吉はみんなの心の中にいます。

 

 

 

 第七回「麟太郎、妻をめとる」のNHK総合での放送は、2022年3月22日土曜日18:05~放送です!

(7)「麟太郎、妻をめとる」 - 小吉の女房2 - NHK

 

 

 

『小吉の女房2』第五回「お信、娘義太夫になる」感想&解説

  土曜時代ドラマ『小吉の女房二2』の地上波放送が始まったので、BS放送当時に描いた感想&『夢酔独言』的解説記事を公開し直します。内容はBS放送時のものです。ネタバレがおおいにあるので、ドラマを観た後で読んでくださいね。 第五回「お信、娘義太夫になる」は、2月26日土曜日18:05~、NHK総合にて放送です! 

 

 

 

    勝海舟の父・小吉の女房であるお信を主人公にしたドラマ『小吉の女房2』

    この記事では、ドラマの感想と、勝小吉および勝海舟に関係する資料とドラマの内容を照らし合わせた解説をします。

    ネタバレあり。

※当初は勝小吉自伝『夢酔独言』に関係する部分を解説していましたが、小吉も晩年に近づき、『夢酔独言』の内容がもはや出てこなくなってきたので、はやおきの持てる知識で手あたり次第解説したいと思います。

 なお、解説に登場するセリフは、おおむねうろ覚えです。

 

 

 

 

 

 

・第五回「お信、娘義太夫になる」あらすじ

 

お信(沢口靖子)と小吉(古田新太)は、新門辰五郎市川右團次)に頼まれて、娘義太夫の見習いだった少女・お峰(福本莉子)をしばらく預かることに…。天保の改革で娘義太夫は御法度になり、困っていたのだ。なんとか一度だけでも人前で義太夫を語りたい、と願うお峰のために、お信と小吉は麟太郎(稲葉友)や芸者・お民(大西礼芳)の協力も得て、秘密の会を催すのだが、密告により、会場に町方が踏み込んでくる。

※NHKホームページより引用 

 

 

・感想

 

 ・麟太郎が文吉さんのことをめちゃくちゃ意識している

 

・まさかの「傾城阿波鳴門」登場

 

・お信、旗本の妻なのにめちゃくちゃ声が出る

 

・毎回ちょっとだけ登場する、石川太郎左衛門の報われなさがクセになる

 

 

 

 

・解説

  天保十三年(西暦1842)春お信沢口靖子さん)39歳、小吉古田新太さん)41歳、麟太郎稲葉友さん)20歳、お順稲垣来泉さん)7歳です。

  小吉が自伝『夢酔独言』を書くという一大イベントが天保十四年に控えているからか、時間が天保十三年で止まってる気もするけど、気のせいだな!

 

 天保の改革で、質素倹約綱紀粛正の重苦しい空気ただよう江戸の町。

 

 今回は、勝家に巾着切りの銀次が訪ねるところから始まります(銀次の持ってきたある道具により、前回ひどい目にあったお徳さんが復活します。よかったね!)。 

  銀次は奉行所へ、先ごろ摘発され捕まっていた娘義太夫たちが連行されてくるのを見に行くのだと言います。

 義太夫とは、名前の通り娘が語る義太夫節および語る娘を指します。江戸で大流行していて、アイドル的存在だったとか。

 

  銀次が言っていた「伝馬町の牢屋」とは、揚屋(あがりや)とも呼ばれ、『夢酔独言』にも登場します。御家人大名旗本の臣から、僧侶医師山伏などの未決囚を入れたところだそうです。

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手元の江戸時代の地図より。「ラウヤ(牢屋)」とあります。 

 

 銀次と奉行所前へやって来た小吉(そういえば脚気は良くなったのか、元気そうでした)は、娘義太夫の三味線を見せしめに壊す役人を見て、「改革が聞いてあきれるぜ」と言ってその場を去ります。

 

 

 

  家へ帰ると、勝家に新門辰五郎さん(市川右團次さん)が、前回麟太郎があからさまにガラの悪い男達に絡まれていたところを助けた娘Aを連れてきていました。娘の名はお峰。行くあてが決まるまで、勝家の手伝いとして置いてほしいとのこと。

 しかし、現在勝家は、虎の門の二間しかない狭い家に押し込められている状態です。人を増やす余裕が、物理的にありません…というようなことをお信がいうと、

麟太郎(島田)虎之助の所へ行かせればいい」と小吉。一応勝家の当主なのに、何て雑なあつかいなんだ…。

 そこへ麟太郎が帰宅。小吉が娘2人(お峰と、深川芸者の文吉)を助けたことについて麟太郎に聞くと、文吉さんのことを思い出して挙動不審になる麟太郎。

  家を出るよう言われると、「ちょうど島田先生に禅の修行の勧められているので、ちょっと行ってきます」的なノリで、あっさり家を出ます。

 これは勝海舟の発言をまとめた『氷川清話』にあるくだりで、

 

 かの島田という先生が、剣術の奥意を極めるには、まず禅学を始めよと勧めた。それで、たしか十九は二十の時であった、牛島の弘福寺という寺に行って禅学を始めた。

※はやおきによる現代仮名遣いで引用 

 

とあります。 

 

 牛島の弘福寺はここ。

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第三回で、お信中野碩翁さん(里見浩太朗さん)と散策していた辺りですね。

 

 浅草新堀にある島田虎之助さんの道場へ行く道中でも、月を見上げては文吉さんのことを思い出す煩悩まみれの麟太郎

 

 漫画でも、座禅中に異性を思い浮かべてはシバかれる麟太郎ですが、

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 実際の勝海舟も、「若い時のやり損いはたいがい色欲から来る」と熱弁して(たかどーかは分からんですが)います。

 

 

 

 さて、麟太郎の妹・お順は、新しく来たお峰が、お兄ちゃんを追い出したように思えて面白くありません(一方の麟太郎は、都甲斧太郎先生と料理屋へ行って美味しい物をおごってもらって、文吉さんとの再会を果たしたりしていましたが…)。

 熾烈なあやとり合戦をしたりしていましたが…。

 

 ある時、お峰が隠し持っていた「傾城阿波鳴門(けいせいあわのなると)」に水をこぼしてしまします。

 実はお峰は娘義太夫を稽古していて、あと少しで初舞台というときに、娘義太夫が取り締まられてしまい、まだデビュー前ということで、投獄の難を逃れたのでした。

 

 この「傾城阿波の鳴門」ですが、徳島県では人形浄瑠璃の演目として知られています(はやおきは徳島県民)。特に両親を探す娘・お鶴「父様の名は十郎兵衛、母様の名はお弓と申します」と言うくだりはあまりに有名で、マンガ『夢酔独言』にも、「誰も知らないだろう」と思って、小吉の狂言として盛り込んでいます。

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    しかし、こうしてドラマで取り上げられると、小吉が石川太郎左衛門高橋和也さん)みたいに、娘義太夫の追っかけだから知ってたみたいになりますね。

  毎回ちょっとだけ登場しては、短いスパンで悪だくみをしてはやっつけられる石川太郎左衛門も、だんだんかわいく思えてきます。

 

 

 

 何やかんやで内輪で娘義太夫の席を設けることになった小吉たち。

 ここからのくだりは、純粋にお信の美声を、ドラマにて鑑賞してくださいませ。旗本の妻とは思えぬ、往年の俳優のような声量です。

 欲を言えば、お信の娘義太夫姿も見たかったな…。

 

  

 

 

 第六回「小吉、雁金づくりの友になる」は、5月7日(金)20:00~、NHKのBSプレミアムにて放送です!

 あらすじはこちら↓

www.nhk.jp

 

 

 

 『夢酔独言』の内容が出てくる気がしない…!

 いつ『夢酔独言』を書くんだ小吉は…。

 麟太郎文吉さんの仲は進展するのか!?結婚して赤坂へ引っ越して、お順もついて行ったりするのか!?

 お楽しみに!

 

 

 

 第六回「小吉、贋(にせ)金づくりの友になる」の再放送は、2022年3月5日土曜日18:05~、NHK総合にて放送です!

 

 

 

参考書籍

    マンガ『夢酔独言』を描くにあたって、特に参考にした資料をまとめました。各本参考ポイント解説付き。

    そのうち増えるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

・『夢酔独言 他』    平凡社 東洋文庫138    勝小吉 著 勝部真長 編

 

 

    主人公・勝小吉が書いた稀代の名著であり、マンガ『夢酔独言』の原作

    勝小吉が生まれるいきさつから、42歳で『夢酔独言』を書くまでを、本人の独断と偏見で綴っています。全編口語体

    小吉が若い頃慕った、平山行蔵先生について書いた『平子龍先生遺事』も収録。こちらはずいぶん堅い文章です。小吉が先生を初めて訪ねた時のエピソードや、先生から勉強を勧められて断る話など、マンガに登場するくだりがいくつかあります。

    勝小吉生涯年表や、男谷・勝家の家系図つき。

 

 

 

・『夢酔独言 現代語訳「勝小吉自伝」』    PHP研究所    勝部真長 編訳

 

 

    『夢酔独言』のみの収録。

    初めて『夢酔独言』を読むときは、是非とも原文をおすすめしますが、「読みにく過ぎて途中でやめた!」という方は、現代語訳をどうぞ。

    本所・浅草界隈の地図心影流の系譜などが載っていてお得。字が大きくて、すっきり見やすいです。解説文に、年表家系図といった定番セットももちろん完備。

    勝海舟が両親について記した文章も。

 

 

 

・『氷川清話』 講談社学術文庫1463 江藤淳 松浦玲 編

 

 

    麟太郎編の元ネタは、だいたいここからです。

 勝海舟へのインタビュー形式で構成されています。

 父親・小吉のエピソードも、ほんのちょっぴりですがあります。

 勝海舟に興味・関心はなくとも、人生訓には一読の価値あり。この世のだいたいのことに対して、不安や心配がブッ飛びます。

 『夢酔独言』を読んだ後だと、口調が親子そっくりで、ひっくり返りそうになります。

 

 

 

・『勝海舟』    筑摩書房    松浦玲

 

 

    分厚い本。なだけあって、勝海舟はもちろん、父親の小吉、麟太郎が幼い頃仕えた初之丞様、剣術の師匠・島田虎之助さん、本好き仲間の渋田利右衛門さん、佐久間象山先生など、勝海舟に関わる人物とのエピソードがいっぱい載っています。

 

 

 

・『勝小吉と勝海舟 「父子鷹」の明治維新』    山川出版社    大口勇次郎

 

 

    薄い本ですが、他の資料に載っていない、細かなエピソードが分かりやすくまとめられている、グッド資料。

 

 

 

 

・『F.ベアト写真集1 幕末日本の風景と人びと』    明石書店    横浜開港資料館 編

 

 

    タイトル通りの本。背景写真が充実しています。

    最初見た時、「ちょんまげの人の写真って、現存してるんかい…!」と衝撃を受けました。

   あと、 東海道の木がめっちゃデカいです。

 

 

 

・『新版 写真で見る幕末・明治』    世界文化社    小沢健志

 

 

    こちらは、人物の写真が充実しています。

    120ページに、磔(はりつけ)と晒し首の写真があるので注意。

 

 

 

・『勝海舟関係写真集』    出版舎 風狂童子    森重和雄 高山みな子 三澤敏博

 

 

    写真から銅像まで、さまざまな勝海舟が網羅されています。

    年表・家系図はもちろん、赤坂氷川の勝邸の間取りや、ゆかりの地の解説もあり、重度の勝海舟ファンなら手元に置いて損はない一冊。

 

 

 

・『そこにあった江戸 幕末明治寫眞圖會』 求龍堂  上條真埜介 編著 共同通信イメージズ 編集協力

 

 

 風景写真が豊富です。しかも1枚1枚が大きい!本自体もデカくて、ハードカバーです。

 江戸の具体的な場所や、町並みや河原など、ロケ地のバリエーションが豊かです。

 

 

 

・『復元 海舟傳稿』 けやき出版株式会社 水上寛裕 飯田溥

 

    瀧村鶴雄という人が記した『海舟伝稿』を、瀧村さんが書いたと思われる文面そのままで本に載せたものです。手書き文字を読む破目になります。

    勝小吉が存命の頃のことは、第一冊と、第二十六冊に載っています。「(海舟)先生出生ヨリ三十二歳追ノ間ノ事ハ自ラ記臆シテ物語ラレン」と書いてあるのに、三十二歳までのエピソードがほとんど白紙なのは弱りましたが…。

    麟太郎(勝海舟)が江戸城に行った話とか、家督を継いだ麟太郎の元に借金取りが押しかけた話は、ここに記されていました。ネタ元かな。