『夢酔独言』 百十一話 島田虎之助、勝小吉を動かす
小吉が当主とケンカ別れした岡野家が、立て替え金を巡って大騒動に。知らぬふりを決め込み、毎日義太夫を聞きに行っては島田虎之助の家でゴロゴロしていた小吉ですが…島田さんが、小吉の説得に乗り出します。
【岡野家の騒動のおさらい】
先代が亡くなり、ちゃらんぽらんな新当主・孫一郎が毎晩乱酒したため、地主の岡野家は乱れきっていた。新しく雇った用人(庶務・会計係)の大川丈助にことあるごとに支払いの立て替えをしてもらっていたら、1年余りで300両超になり、とても返せない。丈助が返金を強硬に訴えたため、岡野家は前代未聞の大騒動に…。一方、孫一郎と丈助雇い入れの件でケンカした小吉は、知らぬ顔を決め込んで、毎日義太夫節を聞き歩くのだった。
おれが岡野の家に行くと、岡野の親類たちが丈助の一件について話して、
「どうか工夫はござりませぬか」と頼む。そこでおれは、
「初めよりこうなるだろうと思ったから丈助の抱え入れは止めた。だがお前さんらは聞かずに丈助を入れて、相談しておれを地立てなさろうとしただろう。先達て中よりこの一件は聞いてはいたが、おれに話もねえから知らぬ体でいたのさ。だが今になって頼んでも、おれにも丈助は手強いから、懸け合いもうまくいきはしめえ。このご相談は御免」
と言って帰ろうとしたが、孫一郎が舅の伊藤権之助が、やはりいろいろ言って頼み込む。
「そんなら懸け合ってみますが、丈助への返金の金をお渡しなされ」
「それは、あてがござりませぬ」
「そんな空談ができるものか」
と、おれは家へ帰った。待っていた島田虎之助に一部始終を話すと、
「先生は今まで、人のことはいろいろ助けておやりでござりましょう。この度は岡野の親類や組頭(くみがしら)までもが関わって解決に至らず、明日にも表沙汰になる大変の騒動を、捨て見ていては、これまでの義義はみな徒(いたずら)になりまする。この一件も、引き受けておやりなされ」と言う。
「隠居の要らざることよ」と言い返したら、
「そうであっても、是非是非孫一郎殿を救っておやりなされ」と、言いおる。
「そんなら、お主がよく岡野の親類どもに言って聞かすんだな」
そこで虎之助は地主の家へ行って、皆へ
「この度の一大事を左衛門太郎様へよくよく話して、工夫を頼むがよろしい」と話した。
※原作よりはやおき訳で引用
赤字が小吉、青が岡野家親類の皆さん、緑が島田虎之助さんのセリフです。
島田虎之助は小吉の息子・麟太郎の剣術の師匠ですが、小吉が吉原へ連れて行ってもてなした(ムリヤリ寿司を食わす、酒・タバコを飲ます、女郎遊びを強要する)こともあり、家を行き来する仲でした。岡野家の騒動のあらましも、島田さんは把握していたようです。
この島田さんは初登場時から真面目キャラで、アウトローな小吉と良いバランスになっています。
このお話でたびたび出てくる「左衛門太郎」という名前は、小吉の正式名称です。
あらためて岡野家へ向かった小吉、他から口出しをさせないと約束させ、「丈助へ金を返して済ませましょうか、1文もやらずに片付けましょうか。思し召し次第にしてあげましょう」と挨拶します。
実はこの手法は後の勝海舟も使ったもので、「一切をおれに任すなら、望む通りの結果を出してやろう」と、頼みごとをされたときは相手に念を押していたようです。
百十二話「左衛門太郎改め夢酔といった」に続きます。ここにきてタイトルの謎が判明します。