マンガで読める『夢酔独言』

マンガで読める『夢酔独言』

勝海舟の父親・勝小吉の自伝『夢酔独言』がマンガで読めるブログです。

マンガ『夢酔独言』 十六話「侍の馬乗り」

  勝小吉自伝『夢酔独言』より、小吉14歳、一度目の家出エピソードその5です。

 江戸を出て一人で上方を目指す小吉。伊勢神宮まで行きましたが、府中まで戻ってきました。

 侍の、馬の稽古にでくわした小吉。小吉は武士の子ですが、家出中&襦袢(下着)姿&旅汚れで誰もそうとは思ってくれません。頼み込んで稽古の見学をさせてもらいますが、このあと失礼をはたらき、追い出されてしまいます。その時、小吉がとった行動は…。

 

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 【前回までのおさらい】

 文化十二年(西暦1815)五月二十八日上方(かみがた)を目指し、江戸を出た小吉は、東海道を進む。藤沢で旅の二人連れと出会い、行動を共にするが、浜松で泊まった晩に、襦袢以外の持ち物を全部盗まれてしまう。

 宿屋の亭主から柄杓をもらった小吉は、物乞いと野宿をしながら伊勢神宮へ。しばらく伊勢に滞在する。

 

 

 

 前回、伊勢三重県)にて御師太夫の家でもてなされ逃げした小吉ですが、府中静岡県)まで戻ってきます。

 

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府中宿

 

    上方を目指しているはずの小吉ですが、何故か江戸に近い府中へ戻ってきます(しかもワリとしばしば)。

 

    伊勢から府中までの距離は約108里51町22間(伊勢~石薬師までは古地図を参考に22里、石薬師~府中までは東海道の資料を参考に86里51町22間と算出したのを合計しました)426.799km、小吉が一日30km進むとして(家出初日にこれ以上なく歩いて50kmということから)約14日で府中にたどり着いたと推測できます。

 

 

 

 それからここでもらいあそこでもらい、とうとう空に駿河の府中まで帰った。何を言うにも、襦袢一枚、帯には縄を締め、草鞋はいつにも履いたこともねえから、様の悪い乞食さ。府中の宿の真ん中頃に、観音か何かの堂があったが、毎晩夜はその堂の縁の下へ寝た。

※『夢酔独言』より、はやおきによる現代仮名遣いで引用

 

 

 

 一度目の家出の他のエピソードと同じく、ここのくだりは、『夢酔独言』『平子龍先生遺事』の両方に記述があります。

 

 

 ある日、府中の城の脇の、御紋付を門の扉に付けた寺があるが、その寺の門の脇は竹やぶばかりの所だが、その脇に馬場があって、馬場の入り口に石がたんと積んであるから、そこへ一夜寝たが、翌日、朝早く侍が十四、五人来て、借馬の稽古をしていたが、どいつもどいつも下手だが、夢中になって乗っていおるから、おれが目を覚まして起き上がったら、馬引どもが見おって、

「ここに乞食が寝ていおった。太いやつだ。なぜ囲いの中へ入りおった」

とて散々叱りおったが、いろいろ詫びをしてその内へ屈んでいて、馬乗を見たが、あんまり下手が多いから笑ったら、馬喰(馬の取引をする商人・あるいは馬医)どもが三、四人でしたたかおれをぶちのめして外へ引きずり出しおった。おれが言うには、

「皆下手だから下手だと言ったが悪いか」

と大声でがなったらば、四十ばかりの侍が出おって、

「これ、乞食。手前はどこのやつだ。小僧のくせに、侍の馬に乗るをいろいろと言う。国はどこだ。言え言え」

と言うから、おれが、

「国は江戸だ。それに元から乞食ではない」

と言ったら、

「一鞍乗れ」

と言いおる故、襦袢一枚で乗ってみせたら、皆が言いおるには、

「この小僧めは侍の子だろう」

と言いおって、先の四十ばかりの男が、

「おれの家へ一緒に来い。飯をやろう」

と言うから、稽古を仕舞い、帰る時、その侍の後について行ったら、町奉行屋敷の横丁の冠木門の屋敷へ入り、おれを呼んで台所の上り段でしたたか飯と汁をふるまったが美味かった。

 その侍も奥の方で飯を食ってしまいおってまた台所へ出てきて、おれの名、また親の名を聞きおるから、いい加減に嘘を言ったら、

「何にしろ不憫だからおれが所にいろ」

とて単物をくれた。そこの女房も、おれが髪を結ってくれた。行水を使えとて湯を汲んでくれるやら、いろいろとかわいがった。今考えると与力と思うよ。その侍は肩衣をかけて、どこかへ行ったが、夕方家へ帰った。夜も、おれを居間へ呼んでいろいろ身の上のことを聞いたから、

「町人の子だ」

と言って隠していたら、

「今に大小を袴を拵いてやるからここにて辛抱しろ」

と言いおる。

 

 

 

 

 或時府中の浅間と云宮の前横町に石の鳥居あり。其傍に寝しに、早朝に同所侍衆が馬を乗り居けるが、何れも至つて下手にて乗得ず、あまりをかしき故に笑ひ居りしに、馬喰が脇に居て聞付け、大いに怒り、憎き乞食め。何がをかしいと云ふ故、あまり御侍衆が御下手故に笑ひしと申しければ、不埒の奴なりとて、有合の棒にて拙者を打ち候。其時に年頃の侍一人参り、手前は馬に乗るかと申す。なるほど江戸にて乗り候事がありしと答えければ、先づ此馬に乗りて見候へとあり。乃ち右の馬に乗り候へば、大いに誉め、笑ひしも尤もなり。先づ々々我が屋敷へ参るべしとの事故、彼侍の宅へ参りしかば、早速飯などたべさせ、其上にて我等が方に奉公すべしと申す。

※『平子龍先生遺事』より、はやおきによる現代仮名遣いで引用

 

 

 

 『夢酔独言』と『平子龍先生遺事』で、微妙に舞台の説明が違っていますが…。

 また『平子龍先生遺事』では、このエピソードは家出後半に配置されています。

 

 

 

 内容は、ほぼ原作読んだままなので、特に解説することはありません。

 下手だからといって、侍の乗馬訓練を笑ったら怒られることぐらい分かりそうなもんですが…。

 

 

 

 十七話「どうせ奉公するなら公家がいい(仮)」に続きます。

 今回、与力の家で辛抱しろと言われた小吉ですが、旅はまだまだ続きます。

 お楽しみに!