『夢酔独言』 百三十八話 西洋狂い
永井青崖(ながいせいがい)先生、都甲斧太郎(つこうおのたろう)先生のもとで蘭学修行に励んでいた麟太郎でしたが、この年の10月、長崎の蘭学者・高島秋帆(たかしましゅうはん)が捕まり、江戸へ護送されてきます。
「蘭学者が捕まった!」という衝撃が、世間に広がり…。
※前回、夢酔(小吉)が『夢酔独言』を執筆しているようなくだりを入れましたが、『夢酔独言』を書いたのは天保十四年の初冬なので、時系列的にまだでした。あとで修正いたします。
ざっくり、これまでのおさらいです。
・蘭学…オランダ語によって西洋の学術を研究しようとした学問。
・勝麟太郎…『夢酔独言』の著者・勝小吉の息子。
小吉がご法度スレスレというか何回も法外なことばっかりするので、出世の道が断たれている。万国地図を見て一念発起、蘭学を研究することを決心する。
後の勝海舟。
・永井青崖…江戸赤坂に住む蘭学者。
麟太郎が弟子入りして、オランダ語を教わる。
・都甲斧太郎…元幕府の馬乗役。現在は隠居している。
西洋の療治法を特に研究している。
麟太郎を気に入って、家に招いて西洋書を見せてくれる。
あらすじで「蘭学に励む」と端的に説明していますが、天保十三年現在の麟太郎は、オランダ語を読む練習を始め、西洋書を読むようになったという、まだ初心者段階です。
一方その頃、長崎の町年寄・高島秋帆は、ドイツの武官から銃陣(じゅうじん、銃隊で組織した陣のこと)の存在を聞かされ、「日本の武器ではとてもかなわない」と思い、私財をつぎ込んで西洋砲術の研究(=蘭学)をしていました。
やがて幕府にも砲術研究を公認された秋帆でしたが、同時に密貿易に手を出して(海舟談)豪奢な振る舞いをしていたこともあり、家財没収・投獄の憂き目にあいます。それが天保十三年(西暦1842)の出来事で、その後、麟太郎が暮らす江戸へ護送されて来たというわけです。
高島秋帆の一連のエピソードは、勝海舟の発言をまとめた『氷川清話』に載っています。
その後、西洋の砲術を研究していた高島秋帆が捕らえられたことにより、オランダ語を習っている麟太郎も恐れられ、親しかった周辺の人々も離れていったと、勝海舟は書き残しています。
マンガでは一般の人々に広く知られたみたいな描写になっていますが、実際は、武士の身分の人たちの間でのことだったでしょう。
で、その後麟太郎が西洋書を買う買わないで質屋に脇差を持ち込んだり、佐久間象山とニアミスするというお話になっていますが、フィクション演出です。
ただ、本屋でタダ読みしまくって全然買わないうえに他の客を来づらくさせたとか、質屋に民さんて女の人がいたとか、佐久間象山が幕府公認の塾を開いていたとかは本当です。
ちなみに佐久間象山先生は、この時32歳。トレードマークのヒゲがありませんが、まだ若いのと、ただ単に髭を生やしていない佐久間象山も描いてみたかっただけです。
百三十九話「麟太郎の結婚」に続きます。サブタイトルでネタバレしている…!
麟太郎の妻の身分を吊り上げるため、夢酔(小吉)が裏で手を回します。
お楽しみに!